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 イタリア、ローマにあるカトリックの総本山バチカン市国。

その最も中心的な場所、サンピエトロ大聖堂の前です。

サンピエトロ、要するに聖ペテロの寺院です。

イエスの12使徒のリーダー格であった使徒ペテロが最後に殉教したローマの競技場の跡に建てられました。

元はパレスチナのガリラヤ湖の貧しい漁師だったペテロ。

自分の死後数百年後にこんな大層ご立派な建物が自分の名前で建ったと知ったらさぞ驚きでしょう。


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 イタリア、ローマにあるローマカトリックの総本山バチカン市国。

そのシスティーナ礼拝堂の中にあるミケランジェロ作の「最後の審判」です。

壁一面と言うか、天井にもびっちりと書き込まれています。

さすが人気の作品だけあって、時間制でここに通されて見学です。

礼拝堂に入ると皆さん「オォ〜」と歓声を上げて写真を撮り始めるも、ここは撮影禁止なのでスタッフが「No photo !」

と叫んでます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/1049407/img_1049407_44932077_1?1302692975

この絵、逸話がいろいろあるのですが、その一つがこの悪魔。蛇に巻かれてる右のおじさん。

実はモデルは当時のバチカンの枢機卿の一人で、時はルネッサンス、とはいえ裸体を礼拝堂に描こうとしたミケランジェロにこの枢機卿が大反対して嫌がらせしてたそうで、腹を立てたミケランジェロは復讐とばかりに彼をモデルにこの悪魔を描いたそうです。

絵が完成してお披露目となった時はさあ大変。

この枢機卿がすっかり悪魔の形相で礼拝堂の壁に描き込まれています。

この枢機卿、教皇にも泣きついて自分の絵の部分を消してくれるように嘆願しましたが、ジョークがわかる教皇だったのか聞き入れてくれなかったそうで、芸術家を迫害したおかげで彼は聖職者にもかかわらず悪魔の姿で歴史に名を刻むことになったのです。

…すごい復讐の仕方ですね。怖…




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 イタリア、ローマにあるローマカトリックの総本山バチカン市国。

その富を集めたバチカン博物館のここは地図のギャラリー続きです。

ここは壁も天井も全てが絵画と地図で埋め尽くされています。

どこか知ってると来ないかな…、あ、これもしかしてシチリア島のシラクーサの地図じゃないかな??

この時から5日ほど前に歩いたんだよね、シラクーサの旧市街。

う〜んそういえばこんな感じだったかな?

こういう緻密な地図は、世界中を影響下に置くカトリックでは必要だったんでしょうね。



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 イタリア、ローマにあるローマカトリックの総本山バチカン市国。

その富を集めたバチカン博物館のここは地図のギャラリーです。

廊下の壁と天井全てが絵画と地図で埋め尽くされています。

地図なんて現代ではなんということもないものですが、地方都市ごとに分裂した中世イタリアで、激しい権力闘争にまみれたカトリック教会にとって正確な地図は絶対に欠かせないものでした。

もちろんイタリアのみならず他のヨーロッパ中の国々やモスリムとの領土、政治、権力抗争もありますから、近代のイギリスや現代のアメリカ同様、国際情報を最新のものにしておくことは絶対不可欠だったわけです。

そんな背景の凝縮がこのギャラリーでしょう。

どこまで実用性を求めて、どこまで芸術性を求めたのかはわかりませんが。



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 イタリアのローマにある世界一小さい独立国家バチカン市国。

再びバチカン博物館に入ってみると、玄関はローマ時代の彫像で飾られてました。

西暦4世紀にキリスト教がローマの国教になった時、それまでの迫害の反動で帝国中のギリシャ・ローマ彫刻がキリスト教徒によって破壊しまくられました。

今までのローマ皇帝への恨みで皇帝像の鼻は折られ、裸体像は男性性器部、もしくは女性の乳首が折られ、全部が破壊された物も多かったようです。

まあ革命後ってのは古今東西問わずこんなもんですね。

中国の文化大革命、フランス革命後の略奪、明治維新の廃仏毀釈などなど。

でも15〜16世紀、ルネッサンス時代のヨーロッパでは、古代ローマ美術のもっとも熱心なコレクターはカトリックの僧職者でした。

そのおかげでこんなコレクションがここに残ってるわけです。

歴史は皮肉ですね。



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