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20.パリの下水道

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 引き続きサン・マルタン運河を左手に見ながら歩いている。人通りは私たち以外にほとんどなく、運河を航行する船もない。大通りから離れているせいか街の喧騒も聞こえない。ただスズメの鳴き声が時々聞こえる。実に静かなものである。
 運河がカーブにさしかかった辺りの対岸に少しばかりの緑がありその奥にしゃれた建物がある。北ホテルHotel du Nordである。昔の名画「北ホテル」の舞台となったホテルだ。ガイドブックによると1階に映画をイメージしたバーがあるらしいが、残念ながら私はこの映画を見ていない。外観だけを楽しんで先に進む。
 運河には幾つかの橋が架かっている。歩行者専用で鉄製のアーチ型だ。それがまた無粋な形ではなく19世紀の古きよき時代を思わせるようなレトロなデザインなのだ。アーチと書いたが本当に見事な半円を描いている。これもまたこの運河の風景に良き趣を添えている。
 さらに歩くにつれ水が流れる音が大きくなってきた。先に閘門があるのだ。門の手前には信号機もあり、さながら道路のようだった。丁度船が入ったところらしく締め切られた水門の中に轟々と水が注ぎ込まれていた。不思議なことにこの閘門の先は車道がまたいでおり、その先は細長い、奥へと続く緑の公園になっている。リシャール・ルノワール大通りだ。運河はここからセーヌ河の手前までこの大通りの地下を流れているのだ。
 この運河をクルーズする観光船があると聞く。ということは何キロかは地下トンネルを進むということであろうか。しかしパリなら地下クルーズも悪くない。なぜなら地下に張り巡らされた下水道や水路もまたパリの自慢の一つだからだ。
 
 パリの下水道は総延長2100km、人が往来出来るものだけでも1500kmもある。堂々世界一だ。パリの街がどうしようもなく美しい理由の一つは電柱・電線がないことだが、それは上水道も含め全てのライフラインがこの下水道に敷設されているためだ。
 このパリの下水道の歴史は14世紀にまでさかのぼる。時代は中世、ヨーロッパ中にペストが蔓延していた。実に全人口の3割がこの病気で死んだ。原因はたくさんあるが、当時の汚物の不適切な処理は見逃せない。フランスといえば今ではクリーンなイメージがあるが、この汚物の歴史だけはいただけない。
 昔のヨーロッパの都市の家にトイレはない。つい近代まで人々は部屋の中でおまるを使用し、それを外に捨てていた。例えば、ソルボンヌ大学の創立は確か12世紀だったと思うが、当時の学生達の寄宿舎の横の道は汚物まみれだったという。彼らは部屋で用を足すと窓から自分の汚物を道に投げ捨てるのだ。道を歩いていて運が悪いと汚物を頭からかぶってしまう。そのためにヨーロッパでは、日傘や大きな帽子が発達した、と言われているぐらいだ。これで伝染病が流行らないほうがおかしいのである。公衆トイレや公共浴場、水道を整備したかつてのローマ帝国とはえらい違いである。実際、古代ローマ帝国の時代、疫病伝染の記録はあまり見当たらない。
 しかしペストの洗礼を受けた14世紀の人々は教訓から地下に下水道を整備し、汚物や汚水をそこに流すことにより街の衛生状態の向上に成功した。疫病もかなりおさまった。その後もフランス革命をはじめとする数々の政治活動、第二次世界大戦中のナチの抵抗運動にもこの下水道は使われた。そんな歴史がある。
 文豪ビクトル・ユーゴーが自著「レ・ミゼラブル」の中でこのパリの下水道に関してかなりのページを割いて説明しているのもうなずける。サン・マルタンは運河であって本物の下水道ではないが気分だけでも十分に味わえるのではなかろうか。そういえばパリのどこかに下水博物館なるものがあったように思う。私たちは行かなかったが。


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 いよいよ、パリ観光の始まりである。まず手始めにどこに行こうか地図を見る。やはりパリのへそであるシテ島から始めたいが、この東駅のすぐとなりにサン・マルタン運河が流れている。
 この運河は1825年にナポレオン1世によりパリ郊外のウルク運河からセーヌ河をつなぐ全長4.6kmの運河として造られた。高低差が25mほどあるため9つもの閘門(こうもん)がある。
 運河は基本的には川ではない。人間が人工的に掘った物資運搬用の水路だ。ヨーロッパでは特に18世紀の産業革命によって街同士、国同士の物資の流通が盛んになった。しかし鉄道もトラックもなかったこの時代、船こそが大量輸送の主人公だった。ヨーロッパはアルプスを除けば基本的には平野が広がっている。そのためクモの巣のような大運河網がヨーロッパ全土に張り巡らされた。
 鉄道と道路が整備された現代、ヨーロッパの運河はその役目を終えたかのように思えるが、その景色はもはやヨーロッパの風土に溶け込んでおり、今でも多くの人に愛されている。この運河を描いた名画も多いし、今でも運河なしでは語れない古きよき街もたくさんある。バカンスシーズンともなれば運河航行用のキャンピングカーならぬ自家用キャンピングボートで1〜3ヶ月かけてゆっくりと運河クルージングを楽しむ人も多いという。なにせその気になれば北海から黒海にでもこの運河網を使って船で抜けられるのだから。
 ところで流れがあっては逆方向に進む船は大変だ。そのため運河は高低差をなるべくなくして水の流れを最小限に抑えている。川と言うより細長い池に近いかもしれない。もちろん平野が多いヨーロッパとて山や丘や低地など高低差はある。そのため要所要所に閘門が設けられている。船が水路で高地に上って行きたい場合まずこの装置の中の船一隻分の空間に入る。そこで入ってきたほうの門を閉じ、水を注ぎ込み水位を上げる。船はエレベーターのように高さを上げてゆく。そして高いほうの運河と同じ水位になると進行方向の門が開き船は先を進む。逆は水を抜くだけである。この同じ技術はパナマ運河やスエズ運河でタンカーのような巨船にも用いられている。その原型がここにあるのである。

 さて東駅からヴェルマン公園を右手に見て東にしばらく歩くと、そのサン・マルタン運河に出た。幅20mぐらいだろうか、満面とたたえたその水面は流れがないため鏡のようにさざなみ一つ立っていない。両脇にはやはりマロニエの並木に石畳の歩道そしてレトロな街並み。これぞパリ!と叫びたくなるような風景だった。実際にはパリ中心部を流れている運河はこのサン・マルタンだけでパリのどこにでもある風景では決してないのだが。
 この運河の先にバスティーユ広場がある。


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17.朝食はパリ東駅で

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 Gare du Nord(パリ北駅)も立派な建物だったがGare de l’Est(パリ東駅)も引けを取らない造りであ

る。堂々とした石造りの3階建て、中央には大聖堂のステンドグラスをイメージしたような巨大な半円形

の明り取りのガラス窓、その上の屋根の頂点にはかつてのローマ帝国の建造物のように彫刻像が立ってい

る。この駅は建設当時、ストラスブール駅と呼ばれていた。ストラスブールとはドイツとの国境ライン川

の左岸にある街でアルザス地方の首府である。今も昔も、ここは東フランス、ドイツ方面行きの列車の発

着駅である。ただし、1870年の普仏戦争でフランスがドイツに負けた際、その街と地方をドイツに割譲し

たために駅名をパリ東駅に改名させられた歴史を持つ。現在、この駅にはTGVは発着しないが、ロンドン

とベネティアを結ぶオリエント急行のパリの停車駅となっている。近郊線も入っているため朝はなかなか

のラッシュとなる。また、ここは北駅と違って広々とした駅前広場を持つ。車に気をつけながら道を渡っ

て駅の正面玄関から入った。中は吹き抜けで広々としている。日本にこれほどの広さのロビーを持つ駅が

いったい幾つあるだろう。最近、斬新なデザインで新築された京都駅も吹き抜けの高さは相当だが、1F

の床面積は建物の規模の割にはこぢんまりとしている。
 

 ヨーロッパの駅には改札口はない。駅の構内は一部を除いて行き来が自由である。また、この駅も多分

に洩れず行き止まり式なので、ロビーの向こうはクシ型にホームが広がっている。それもまた自由と広さ

を感じさせる要因かもしれない。 売店類は駅の構造上、ちょうどロビーとホームの間に集中している。

キヨスクのような売店に立ち飲みのカフェ、パン屋、ネクタイ屋まであった。パン屋は朝食を求める人で

混雑していた。さすがフランスだ。ショーウインドウの中に並べられたパンとサンドイッチはどれも本当

においしそうだ。目移りしてしまうが、後がつっかえている。勿論、フランスの朝といえばクロワッサン

とカフェオレだ。ここは迷うことなくクロワッサンを3つ、そして、ちょっと悩んでソーセージの薄切り

をはさんだサンドイッチ1つ、そしてカフェオレとオレンジジュースを選んだ。パンの紙袋とカフェオレ

のカップを抱えて食べる場所を探した。ベンチもいくつかあったがすでに満席だった。これはしゃれたデ

ザインのベンチなのか柵なのか分からなかったが、ちょっとお尻を引っかけるのに丁度よいステンレスの

でっぱりがあったのでそこに腰掛けてパンを片手にカフェオレをすすった。うまい!が、味が濃い!しか

もきめの細かいクリーミーな泡がのっている。これは日本でなれ親しんだカフェ・オレではなく、まさに

イタリアのカプチーノだった。近年、アメリカ人がスターバックスの影響でカプチーノを愛飲するように

なったように、フランスにも同じ波が押し寄せているのだろうか。もちろん、クロワッサンとの相性は疑

いようもない。やはり日本で食べるものよりバターがふんだんに使われているせいか、おいしい。しかも

日本で見慣れているサイズよりひとまわり大きかった。目の前では急行列車が代わる代わるやって来ては

客を吐き出していた。少し大きなバッグを持った出張族と軽装な地元の通勤客が渾然となって慌しく歩い

ている。まさに朝の駅の風景である。ただ日本の都心の駅とは違って肩が触れあうほどではない。鳩やス

ズメが床に落ちたパンクズを乗客たちの間をぬうように走り回ってはついばんでいる。それがまたこの朝

の風景にそれらしさを演出していた。


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16.朝のパリ散歩

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翌朝7時に腕時計の小さなアラームが鳴った。ここはパリなのだ、という意識が程よい刺激となってすぐ

に目覚めた。それにしてもよく眠れた。ものすごく疲れていたせいだろうか、時差ボケなどまるで無かっ

たかのようだった。確か日本とフランスとでは12か13時間の時差があるはずなのだが。


 昨夜はあれからケバブを食べて、いい気分でホテルに帰ってきた。500mlのビール一缶にしてはけっ

こう酔った。空腹で疲れていたせいと、あのビール、実はアルコール分が8.4%で日本のビールの倍ほど

あったのだ。それからシャワーを浴びて寝た。シャワールームは洗面シンク付きで1畳ぐらいの広さだっ

た。狭かったがトイレは共同で部屋の外なので、むしろ便器とバスタブがある一般的なホテルのバスルー

ムより使い勝手はよかった。お湯はふんだんに出たのだが排水が少し悪いらしく水が部屋へあふれないか

が心配だった。フランス人の風呂嫌いは有名である。ヨーロッパのジョークで 『フランス人は一生のう

ちに3度しか風呂に入らない。産まれた時の産湯と、結婚初夜と、死んだとき死体として。』というもの

があるぐらいだ。そのため臭う体臭をごまかすために香水が進歩したとさえ言われている。確かに今も昔

も香水といえばフランス製である。ただしこの逸話が現代のフランスに人当てはまるのかどうかはわから

ない。風呂嫌いというのもシャワーのことなのか、バスタブに入れたお湯にしっかりつかる入浴のことな

のか定かではない。まあ、今時シャワーならどのフランスの家庭にもあるだろうし、このジョークはシャ

ワーが普及する昔の話だろう。とはいえ、風呂好きな日本と比べればやはり水周りの設計と造りが甘いの

ではないか、なかなか排水されずにシャワールームに溜まる水を見てそう考えざるをえなかった。


 話を戻そう。ホテルの朝食はバッフェスタイルで一人7ユーロだったが、外で食べたほうが安いし、朝のパ

リの街を満喫したかったので予約しなかった。1Fのロビーには隣の食堂からコーヒーのいい香りが漂って

きており少し誘惑ではあったが。重いバックパックは部屋に残し、軽いデイパックを持ってホテルの外に

出た。前の大通りは朝の通勤ラッシュだった。もっとも日本のように排気ガスで空気がよどむような渋滞

はない。昨日は深夜だった上に重いバックパックを担いでヘロヘロだったため気づかなかったが、街並み

がどうしようもなく美しい。まさにパリだった。通り沿いの建物は皆ほぼ同じ色、同じ形で統一されたア

ンティークな造りの7階建てで、一番上の階が円を描いてそのまま屋根になっている。これが噂の屋根裏

部屋らしい。この部分に泊まれるホテルもあると聞く。そして通りの両脇の歩道にはパリの街の象徴と言

ってもいいマロニエの木が植えられている。もう、絶望的に、このスマートな広葉樹とパリのアンティー

クな街並みが合うのである。この並木の下を歩いてパリ東駅に向った。さすがに朝の空気はひんやりと肌

寒かったが逆にそれが心地よかった。気分はもうパリジェンヌだ。昨晩歩いた道を行く。当然、皆閉まっ

ていた。お世話になったトルコレストランも金属製のシャッターが下ろされていた。 同じ道でも昼と夜

ではこんなにもイメージが違うものか、と、街並みを見つめながら妻とゆっくり歩いてゆく。路地抜ける

と教会が見えた。駅前にあるサン・ローラン教会である。街の中心にあるカテドラルと呼ばれる大聖堂に

比べれば比較にならないぐらい小さいがそれでも石積みの、歴史を感じさせる堂々とした建物である。道

が開けてきた。バスや車や人があわただしく行き来している先に巨大な建造物がある。

パリ東駅Gare de l'Estだ。


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 もう、このまま眠りこけたいぐらい疲れていたが、お腹がすいた。なにせ飛行機の中で最後の食事をし

て以来、ガム以外何も口にしていなかったのである。とりあえずなにか食べに行くことにした。鍵を先ほ

どの受付の人に渡した。彼の笑顔が「いってらっしゃい」と言っているようだった。外に出た。このホテ

ルは大通りに面しているが車の交通量は先ほどより減ったようだった。ここはパリ東駅に近い。駅前に行

けばなにかしらレストランがあるだろうと思った。夜風が少し冷たい。信号を待ってマジャンタ通りを渡

って道を進むと幾つかレストランがあった。が、どの店もイスひっくり返してテーブルの上に乗せたりし

て明らかに閉店準備をしている。どこにも客はいない。ある店ではガラス越しにウエイターと目が合った

が彼の目は明らかに「もう終わりだ、入ってくるな」と訴えていた。まあ、当然だろう、深夜0時であ

る。じゃあ、駅前なのだからせめてコンビニやバーぐらい…、フランスのお国事情を全く知らなかった私

の期待は大いに裏切られた。今、考えたらヨーロッパの駅前にそんなものがあるわけないのである。そう

いえばこの旅でコンビニというものは HOT SPAR を2回見ただけである。しかも田舎を走っている列車の

車窓から見つけた。どうもヨーロッパの歴史的風景にコンビニは必要ないらしい。


 「はぁ、もしかして今夜はメシヌキか?!」 少し脱力しかけていたその時、一軒のレストラン、とい

うよりは軽食堂を見つけた。客はいなかったが閉店準備をしている風でもない。ダメもとで店内に首を覗

かせてみた。中には店長らしきガッチリした体格のオリエンタル系の男性とひ弱そうで若いウエイターが

いた。

「まだ、食べられる?」

少し遠慮がちに聞いてみた。二人とも

「もちろんさ、入れ、入れ!」

と、人懐っこそうな笑顔で迎えてくれた。店内はアメリカの典型的な軽食堂とよく似た雰囲気の内装だっ

た。カウンターの横には巨大ケバブが肉汁をにじませながら回っていた。ここはトルコ料理のレストラン

だった。さて、このケバブと呼ばれる料理だがまさに中東から近東の代表料理でもある。もちろんトルコ

はその代表格だ。最近は日本でもトルコレストランやケバブの屋台をよく見かけるようになったので食べ

たことのある方も多いと思う。鉄串に適当な厚さに切ったチキン、もしくはラムの肉を突き刺して同じ肉

で作ったミンチをその肉に塗り、また別の肉を突き刺してひっつける。この作業を繰り返して直径20cm

ほどの肉の塊を作りそれを専用のグリルで回しながら焼く。また、このグリルがよく出来ていて串を立て

た状態で電動で自動的に回し焼き続けるのである。表面が焼けてきたら少し長めの特徴的な包丁で少しず

つ削るように切ってゆく、そうしてまた中の焼けてない部分が焼けてゆく。肉好きにはたまらない料理の

ひとつである。もっとも、せっかくフランスに来たのだから軽いものでもいいからフランスの地元料理が

食べたかった。そのつもりだったが、近年、ヨーロッパには大量のトルコ人移民が押し寄せてドイツなど

では結構大きな社会問題になっている。あちらこちらにトルコ人のコミュニティやトルコ人街、もちろん

レストランも出来ているらしい。長い歴史の中で敵対し続けたカトリックの国フランスでトルコ料理を食

べるのも現代ヨーロッパの実情を味わうようなもので、これは面白い、ふとそう考えた。まあ、一応理屈

はこねてみたが、本当のところは空腹のところにジューシーなこの回転する肉の塊を目の当たりにして単

純に頭がトルコ料理に切り替わってしまっただけともいえるのだが。


 カウンターの壁の上に写真付メニュー掲げてあった。何種類かのコンボ(セット)があるようだが、や

はりこのスタイルもアメリカのファーストフードみたいだった。ここはやはりシシケバブのコンボとグリ

ルチキンのコンボをオーダーした。ついでに奥の冷蔵庫に入っているビールも1缶、んっ、トルコはイス

ラム圏だからアルコールは・・・まあその時の私にはどうでもいいことだった。


 「調理するから好きなテーブルで待っていてくれ」 そう言われたので外のテーブルで待つことにし

た。さすがパリであるこんな小さな店でも一つや二つ必ず屋外テーブルが置かれている。先ほどは少し肌

寒いかなと感じた風が心地よく感じた。今日一日、色々あったがなにはともあれホテルは取れたし、遅く

はなったが食事にもありつける。心地よいのは今までの溜まり溜まった緊張や心配から一気に開放された

せいかも知れなかった。先に持ってきてくれたビールがうまい。甘めのテイストだがいやな甘さではな

い。穀物の香りがする。アムステルダム・ビアー。この先、私がヨーロッパのあちらこちらの街で飲むこ

とになるビールだ。もっともその時はそんなことを知る由もない。しばらくすると店長ができたての料理

を持ってきてくれた。

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