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書庫フランス・プロバンス

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 カルカッソンのシテを歩いている。
お土産屋さんに入ってみると、なぜか地元の焼きものが半分、もう半分は中世の騎士の甲冑、武器防具が売られていた。
家に飾るのだろうか?
 
店の外では幼い兄弟がおもちゃの十字軍の盾と剣でチャンバラをして遊んでいた。
カルカッソンは十字軍に攻められたこともあるし、レコンキスタ後は十字軍の基地にもなっていたようで所縁があるらしく、あちこちで十字軍騎士のおもちゃが売られていた。
日本では十字軍は宗教戦争の象徴で悪いイメージを持つ人が多いが、当の現地ではそこまでシリアスに考えていないようだ。
姫路城などの公園で子供がおもちゃの刀や手裏剣でチャンバラごっこをしていたとして、それを戦争賛美だ!軍国主義だ!などと真剣に問題にする大人がいないのと同じようなものだろう。
 
お土産に一つと思ったが、重いわ、税関にひっかかるわ、という事態になりそうなのでやめておいた。
 
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 カルカッソンヌの城内に入った。
日本の城と違って、ヨーロッパの城は城壁の中に町がある。
日本では城下町は城の防御施設の一つに過ぎないが、ヨーロッパや中東、中国の城は紀元前から町を守るために存在している。
道も、日本では真ん中がふくらんでいて両脇の溝に雨水を逃す方式だが、ヨーロッパの古い町は皆そうだが、真ん中が窪んでいてそこに水を集めて排水する仕組みになっていた。
さすがフランス国内でモンサンミッシェルと人気を二分する観光地だけあって、狭い道は観光客でごった返していた。
 
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 さていよいよカルカソンの城の門にやってきた。
ここはフランスとはいえ屋根などのデザインがスペインかバスクっぽく見える。
さすが重厚で護に固そうな造りだ。
この南部ヨーロッパの城の構造理念は、バスク出身のフランシスコ・ザビエルやその他スペインの宣教者たちから織田信長に伝えられる。
以後。それまで木造平屋で木の柵で囲んだ程度だった戦国大名の館は、堅固な石垣に囲まれた天守閣そびえる「城」となっていく。
 
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 坂を上っていよいよカルカッソンの城壁までやってきた。
この地方はどちらかと言えば地中海性気候の乾燥帯だと思うが、意外に城の周りが緑に包まれていた。
しばらくイタリアと南仏を旅していたので、城にこの色はかえって新鮮だった。
まるでイングランドの城のようだった。
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 近づくほどにこの城の大きさにおどろかされる。
カルカッソンヌはフランスとスペインを隔てるピレネー山脈とフランス中央山岳地帯の狭間、ナルボンヌとツゥールースのちょうど中間に位置する。
ピレネー山脈の地中海側からフランスに侵入されて、ボルドー側に抜かれても、ニームからローヌ川を上ってリヨンから抜かれても、広大な平野部をパリまで一気に突かれる。
逆もしかりで、フランスがスペインににらみを利かせるときにも重要な拠点となる。
昔からここは戦略上の要所なのだ。
これほど大きな城が築かれたのも合点が行く。
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