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 さて、ランチを終えて、知り合ったご夫婦に別れを告げて、広場の反対側に建っている鐘楼に行ってみることにした。この塔は高さが83mほどもあるので街のどこからでも見える。まさにブルージュのシンボルといえる。
 と、その前に改めて先ほど食事をしたレストランの方を振り返ってみた。この広場を囲んでいる建物は一見まとまっているようで、実際には建てられた時代、使用用途によりそれぞれ個性的な形をしている。このレストランが入っている建物などは西から北ヨーロッパでよく見られる中世の典型的な切妻、階段破風である。まるでレゴブロックで作ったような形で実にかわいい。2Fから上はホテルになってるものもあるようである。次にまたブルージュに訪れる機会があれば、是非、宿泊したいものである。
 ヨーロッパの旧市街の中心部に建っている高い塔といえば、たいていはカテドラルの一部として存在することが多いが、ここの鐘楼はかつてのギルドハウスの上に建てられていた。それはこの街が商業都市として発展して、他の町よりも早い時期に教会の過度の影響力から開放されていた歴史を示すものなのだろう。

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 ここには47個のカリヨン(組鐘)があり、その音色の美しさは世界的に有名らしい。鐘楼のチケット売り場には長い列ができていた。なんでも古い建物だけに、重量に配慮して入場制限をしているらしい。並んでいるのはほとんどが地元の小学生だった。チケット売り場のおばさんがGoサインを出すと4人ぐらいの男の子が我先にと階段を駆け登ってゆく。子供は元気だ。
 階段はらせん状に回って上にのびている。もちろん石のブロックでできているのだが、各踏みしろの真ん中が擦り減ってへこんでいるのが歴史を感じさせた。
 少し待ってみたが、行列が長すぎてなかなか順番が回ってきそうにない。しかもここの階段は336段もあるそうである。昨日までのパリ観光の疲れが取れていない上、この日はオランダのライデンに宿を取るつもりだったので時間がない。10分ほど並んで、登るのはあきらめて外に出た。
 
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 想像していた以上に素晴らしい街だったが、電車の時間もあることなのでこれで駅に帰ることにした。まだベギン会修道院や聖血礼拝堂などを見ていないのが心残りだったが、やもえない。今度は来た道と反対側から駅に向かうことにした。
 街のこちら側はなんともにぎやかだった。多くのブランドショップ、お土産屋、雑貨店などが軒を並べたくさんの観光客であふれている。行きに通った道は人があまりいなかったので、観光名所のわりにはなんてさびしい街なんだろうと思ったが、大変な思い違いだった。旗をもったガイドさんに引率されている日本人ツアーにも出くわした。確かにこの通りだけを見ていると堂々たる観光都市である。

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 街の喧騒を抜けて、再び街の外周の運河部分に出た。さっきまでのにぎやかさがウソのような静けさである。あまりに気持ちよさそうなので川のほとりでリュックを投げ出して腰を下ろした。川のせせらぎ、小鳥のさえずりが聞こえる。まさに癒しの空間だった。思えば日本をたって以来、ひたすら異国の街を歩き回っていた。こんな緑に囲まれて休息をとるのは初めてだ。あまりの心地よさに1時間ほど寝入ってしまった。

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 小さなアーチをくぐると街の景色が一変した。赤いレンガの無骨な町並みからお伽噺に出てくるような白亜のデコレーションされた建物に囲まれた広々とした空間。マルクト広場である。
 ヨーロッパには地元民が主張する“世界一美しい広場”が幾つかあるが、ここもそのひとつである。が、そう主張するのも無理はない美しさだった。建物ひとつひとつが気品に満ちており、白を基調にした壁に金の装飾や、青色の屋根がなんのイヤミもなく実にマッチしている。
 しかも広場は広い。この美しさを是非ファインダーに収めようとしたが、どうしてもそれを表現できない。つくづく広角レンズを持っていないことが悔やまれた。

 ブリュセルのグランプラスも美しかったが、ここは同じベルギーでも別物の美しさである。その美しい広場をぐるっと眺めながらレストランを探した。ちょうど広場の反対側にかつてのギルドハウスの建物を改装したレストラン街を見つけたので、一番おいしそうな店を見極める。
 列車が遅れたせいでもう午後2時である。そのおかげで店内にも広場に張り出したオープンテラスも客は少なかった。どの店のムニュにもムール貝の白ワイン蒸しがあった。ヨーロッパで貝といえばムール貝で、地中海から北海まで、ムール貝の白ワイン蒸しは超定番メニューなのだが、ロンプラによると特にここ、ブルージュのムール貝は特別においしいらしい。
 一番広場の眺めがよく、雰囲気もよさげな店のオープンテラスに腰をすえて、やはりここは名物のムール貝の白ワイン蒸しを注文した。飲み物はベルギー、オランダで定番のミネラルウォーター、SPAのガスを頼んだ。
 今日はあいにくの曇り空で、肌寒い一日だったが、それでもやはり屋外に席を置いての食事はいいものである。しばらくすると前菜のフライドポテトが運ばれてきた。もう何の変哲もないただのフライドポテトであるが、量がすごい。山盛りである。その横にはマヨネーズがたっぷり添えられている。日本ではおなじみでないこの食べ方も、ここベネルクスでは超定番の食べ方である。いったい何カロリーあるのだろう。
 そしてさらに驚いたのがムール貝であった。ちょうど日本の電気炊飯ジャーの内釜と形も大きさもよく似ているポットにやはり山盛りいれられてきた。まったく日本では考えられないボリュームである。
 味は実に素朴なもので、日本のアサリの酒蒸しと、全く同じである。やはりネギのみじん切りが薬味として入っておりバターと塩と白ワインだけのシンプルな味ある。しかし、やはりおいしかった。ただ量が多いので、いくら貝殻の部分があるとはいえ、最後は格闘するように必死で食べた。

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 ところでこの地元の名物を堪能しているとどこからか熱い視線を感じる。実は隣のテーブルに老夫婦が座っていたのだが、その足元にバスケットがあり、その中にかわいらしいヨークシャーテリアが目を爛々と輝かせてこちらを見ていたのである。
 じっと見てはいるが実におとなしい。別に食べ物をおねだりしているわけではないらしい。そうしていると隣の老夫婦がこちらに気づいたのでワンちゃんの名前を聞いてみた。ジンジンというらしい。なんと彼らはフランス人でパリから観光でここブリュージュに来ているという。私たちも今朝までパリにいて観光を数日楽しんだことを告げると話が弾んだ。
 美しい広場を眺めながら、おいしい地元の名物を食べ、いい出会いがある。まさに旅の醍醐味を堪能した昼下がりであった。
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 ブルージュ(Brugge)とはそもそも「橋」を意味する。その名の通り、町には卵型に北海から引かれた運河に囲まれており、街の中も小さな運河が縦横に走っている。当然多くの橋がかけられ、それがこの街の由来となった。まさにフランドル地方における水の都である。
 かつてこの街は、13世紀ごろのヨーロッパ経済の主要都市であった。当時、北海とバルト海を利用した交易が盛んになり、各都市同士で通商同盟が結ばれた。ハンザ同盟である。「ハンザ」とは古ドイツ語で「団体」を意味し、海を越え商業にいそしむ商業組合を指した。最初はドイツで始まったその商業同盟も,
海を伝って広がってゆき,最終的には200ほどの都市が加盟するに至る。その中でも、ロンドン、現在のロシアにあるノヴゴロド、ノルウェーのベルケン、そしてここフランドルのブルージュは大商館が置かれた外地4大ハンザだったのである。
 かつてローマ帝国はその領土の内にある地中海を,自分の庭の様に交易に用い経済的繁栄を極めた。中世以後も,地中海はベネティアやジエノバなどのイタリア商人が、ビザンチン帝国やイスラム諸国との交易に用いて財と列強国にも匹敵する勢力を得たが、反面サラセン人の略奪やイスラム諸国の軍事活動でかつてのローマ帝国時代の自由さは失われていた。
 中世以後、ヨーロッパの交易はこの北海とバルト海においてもかつての地中海の様に盛んになり、今日に至っている。今でもどれほどの人と物資が毎日、この海の上を縦横無尽に行き来している事であろうか。イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウエー、スウェーデン・・・と名だたる経済国家がひしめき合ってる。これら、海によって結ばれた北海経済圏の関係の深さはアジアの極東に位置する日本からでは分かりにくい。

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 とにかく、ブルージュはかつてそのような経済の主力の一つを担っていたのである。しかし、15世紀ごろになると運河に土砂がたまり、大型船が街に侵入できなくなってしまった。当時はまだちゃんとしたサルベージュの技術が確立されていなかったのであろうか。その上大航海時代の幕開けで、新大陸や、喜望峰が発見され、船交易の中心が大西洋方面に傾いてきた。結果、この街の経済発展は止まり、忘れさられたかのように放置されてきた。しかしそのおかげでこの中世の街並みが今日まで保存されたのである。今では町全体が立派な世界遺産である。

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 さて街に入った私たちだが自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。地図を見ていたつもりだったが、どうも道が四方八方に伸びていてややこしい。こういう時は地図を見ずに鐘楼を目指して歩く。鐘楼は教会の建物であり、必ず街の中心にある。しかも大抵は旧市街で一番高い建物だから、街のどこからでも見える。屋根の向こうに確かに見えるので、私たちはその方向に歩き出した。
 最初は人気のないレンガ造りの街並みであったが、街中の運河に出くわすとたくさんの人がその風光明媚な景色を楽しんでいた。やはりここでも地元の小学生たちの遠足に出くわし、案の定、好奇の目で見られてしまった。それにしても運河とその街並みは美しかった。12〜13世紀の街並みがそのままここにある。運河には観光用のボートが浮かび、景色に華をそえていた。
 街の中心を目指して歩いていると赤レンガの無骨な建物に白いおとぎ話に出てくるようなアーチがかけられていた。この向こうはブリージュの中心マルクト広場に違いない、と直感して足を速めた。

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 次の目的地ブルージュ(Brugge)に移動する。ブリュッセルは本当に素晴らしい街だった。にもかかわらず結局滞在時間はわずか3時間だった。王宮や国会議事堂、美術館、グランプラスの夜景など、見るべきものはまだたくさんあったのだが、当初ブリュッセルにはあまり期待していなかったので、半日観光ということで予定を組んでしまっていた。今度来るときは是非一泊して、グランプラスのライトアップとベルギー・キュイジーヌを楽しんでみたいものである。
 再びブリュッセル中央駅に戻って、ホームへ急いだ。次のブルージ行きは12:07発である。間に合うか?時間丁度にホームに駆け上った。が、そこに列車の姿はなかった。もしかしてもう行ってしまったのか。ヨーロッパの鉄道は時刻表通りに運行しているとは限らない。いや、むしろ通常遅れる、もしくはごくまれだが早く到着すると時間でなくても行ってしまう。ここは日本の常識では測れないのである。
 ホームには最新の時刻表が貼りだしてあるのでそれを確認してみる。フランス語だが地名なら読める。やはりこの時間だった。ヨーロッパでは列車が遅れるのは当たり前、と聞いていたので少し待ってみる事にした。しかし待てど暮らせど列車は来ない。やはり先に行ってしまったのか?駅員に聞いてみると「ここで待ってろ。」と、冷たい返事が返ってきた。
 20分ほど待つとやっと列車が入ってきた。が、表示されている行き先がどうもBruggeではない。ホームの電光掲示板はフランス語で細かい情報がさっぱり分からない。もう20分も待ってるんだからこれに違いない、とこの列車に乗り込もうとすると、さっきの駅員が近づいてきて「これは違うからもう少し待ってろ」と私たちを制止した。無愛想だがある意味親切である。
 しかし、頭で分かってはいても、列車が30分以上遅れているのになんのアナウンスもないというのは日本人の感覚からは理解しがたい。結局列車は40分遅れでやって来た。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_13319941_1?2007-02-07

 列車に乗り込むと早々に妻は寝てしまった。実は彼女は睡眠魔である。とにかく眠らないと生きていけない人なのである。一日8時間以上、その気になれば36時間ぐらい平気で眠れる。今回の旅もそれが心配だったのだが、列車で移動中に十分睡眠を取れたらしくまったく問題なかった。もちろん、そのおかげで彼女はヨーロッパの素晴らしい車窓などまるで覚えていない。
 ベルギーの車窓はフランスのものとは少し異なっていた。どちらかといえばイギリスの風景に似ているだろうか。家は赤いレンガ造りで、サイズも日本の庭付き一戸建てと同じぐらいでかわいげがある。列車は一時間ほどでブルージュに着いた。

 ブルージュの駅はそれほど大きくなく、いかにも田舎の駅といった感じだった。ビックリしたのは駅前に何もないことであった。ただ車道が線路に並行に走っており、その向こうには芝生の広場と、整備された森が茂っている。この辺りで建物といえばこの駅舎だけである。これも日本では考えられない景色である。

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 地図によれば、この森は街の外郭をなす水路のほとりに植えられたもので、昔は防衛の役割を果たしたらしい。街は橋を渡って森を抜けた向こうにある。幸いこの駅にはコインロッカーがあったので、重いバックパックをそこに入れて旧市街にくりだした。
 道を歩いていても、とてもこの先に中核都市があるとは思えない静けさである。小鳥のさえずりまで聞こえる。観光都市だけに他にも何人かの観光客がいたのだが、どこに消えたのかいつの間にか誰もいなくなってしまった。橋を渡り木々の間を抜けると、レンガ造りの古いヨーロッパの街並みが開けた。ブルージュである。

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 さて、小便小僧があるなら、小便少女があるのもご存知だろうか。実はこのブリュッセルにあるのだ。私も今回ガイドブックを見て初めて知った。小僧に比べて段違いに知名度は低いのだが、せっかくブリュッセルに来たのだから、街の散策を楽しみながら探してみることにした。

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 まず目に付いたのはレースショップだった。ベルギーレースはその高い品質で昔から有名だ。そもそもレースはこのフランドル地方で14世紀ごろに生まれたらしいが、発達したのはイタリアである。レースはもちろん昔は手編みだったため、その複雑な模様を作るのに相当な技術と時間を要する。値段は大変高価で聖職者や貴族しか手にする事は出来なかった。
 18世紀にはボビンレースの発明と、女性が家庭で出来る手工業としてこの地方に定着した。美術館で昔の貴族達の肖像画を見ていると、そのおごそかな服にレースがよく使われているが、ほとんどはベネチアかベルギー産のものらしい。

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 地図を見てみるとお目当ての小便少女はグランプラスの反対側にあるらしいので再び戻ってきた。ちょうど広場の入口がアーチ状のトンネルになっているのだが、その下辺りで人だかりが出来ていた。何があるのかと近づいてみると、皆、熱心に横たわった姿の男性像に触っていた。イエス・キリスト像かと思ったら、セラクラースという人物のものらしかった。
 私も詳しくは知らないが14世紀にこのブリュッセルを救った英雄らしい。触ればご利益があるらしく、さび付いた青銅のその像の部分だけはピカピカに光輝いていた。触るだけで人生うまくいくならみんな苦労する事はないのだが、何かをするだけでご利益にあずかろうとするのはいつの時代でも、アジアでもヨーロッパでも変わらないのかもしれない。

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 グランプラスを抜けて反対側に行くと商店街に出た。ギャルリー・サンチュベールである。商店街といっても日本のそれとは全く異なる。ネオクラシック調の石造りの美しい店にショーウインドウ。通りの天井にはアールヌーボーのフレームとガラスによる曲線美。この通り自体が芸術作品といっても過言でない美しい場所だった。ヨーロッパ最古のアーケードらしい。
 どうも地図ではこの辺りのはずなのだが、どうしても“少女”が見つからない。石畳の町はようやく目覚めたのか、ランチの準備のために店員がテーブルやイスを通りに並べだしていた。それにしても、いかにもヨーロッパらしい、いい街並みである。
 そんな店の一つにヨーロッパの有名なキャラクター、タンタンのお店があった。TINTINと書くので「チンチン」と読んで昔妻に怒られた事がある。てっきりフランス辺りの漫画かと思っていたのだが、実はベルギーのキャラクターだったのである。ちなみにイギリス人の私の友達Jontiはタンタンのマスコットを見て「オウ!チンチン!」と叫んだ。英語読みではやはりチンチンなのだ。ではタンタンはフランス語読みなのか?いずれにしても英語読みでは日本でのヒットは望めないのは確かである。
 それにしても、どうしても小便少女が見つからない。絶対この辺りのはずなのだが。仕方がないのでこの辺りの雑貨屋のおじさんに「実は小便少女の像(Jeanneken-pis)を探しているんだけど、知らないか?どうしても見つからないんだけど…」と聞いてみた。すると彼はクスリと笑って「そんなにしてまで見たいのか?」その時、ハッと我に返った。いったい私は何をむきになってその像を探してるんだろうか。急に恥ずかしくもバカバカしくなったので、像を探すのはやめてしまった。
 

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