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 さて、小便小僧のみやげ物も買うことができたし、満足気分で店を出た私たちに新たな誘惑が立ちはだかった。なんとみやげ物屋の真正面、マネケン・ピスのすぐ隣の建物にワッフル屋さんを発見してしまったのだ。
 ベルギーのスィートといえばワッフルである。ブリュッセルに来たら絶対食べようと思っていたので実に好都合だった。目を合わせた私たちは迷うことなくワッフル屋さんに向った。店の前にはワッフルそのものだけのものから、チョコレートをかけたもの、生クリームがたっぷりのったもの、さらにたくさんのベリーがデコレートされているものなど、たくさん並べてあった。ビックリしたのは大きさとボリュームだった。日本のワッフルよりはるかに大きい。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_12726219_1?2007-01-30 

 私はこのヨーロッパ旅行のおかげで甘いものが好きになったが、この時はまだ一般的な日本男児同様、甘いものが苦手とまではいかないが、あまり好んでは食べなかった。「酒飲みは甘いものが苦手」の定説通りに。確かに日本酒やビールに甘いものはあまり合わない。私の食べ物の趣向は明らかに塩辛いもの中心だった。
 今思えば、私は理屈で行動するタイプなので「男が甘いものを食べるなんて…」という変な常識に惑わされて、確かめもせずに甘いものを食べるのを避けてきた気がする。実際、日本では男同士でどこのお店のケーキがおいしいだの、今このチョコレートにはまっているだの、そんな話はあまりしない。甘いもの好きの男性もいないこともないが、なにか肩身が狭そうだ。
 この旅の後、私はたくさんの外国人の友人と知り合うようになったのだが、実は男が甘いものを食べることを恥ずかしがるのも、酒と甘いものが合わないというのも、世界広しといえども日本人だけが持っている変な定説だという事を思い知らされた。考えてみればケーキには洋酒をたっぷり含んだものがあるし、ウイスキーとチョコレートは最高の組み合わせである。「甘いもの食べないなんて、日本の男の人は変だねぇ」と各国の友達から不思議がられた。そして彼らは私に、彼らの好きないろいろなスイートを食べさせてくれた。
 もっとも、それ以前に今回の旅で、私はヨーロッパのスイーツを食べるにつれ、今までの考えを変化させていた。なにせヨーロッパのスイーツときたら甘さ加減がちょうど良い。アメリカや南米のケーキは脳ミソが融けるぐらい甘ったるいし、日本のデザートは逆にネコも杓子も甘さ控え目でおいしくない。レストランの料理の塩加減もそうだが、ヨーロッパのそれは自分には丁度合っていた。
 
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_12726219_2?2007-01-30

 さてワッフルであるが、妻はイチゴとホイップクリームがのってるのを選んだ。食べてみると、実にいい感じで甘くておいしかった。食べ応えもある。さすがである。なんでもベルギーワッフルにはリエージュ風のサクサクタイプとこのブリュッセルタイプの2種類があるらしい。私たちが食べたのはしっとり柔らかくケーキのようだった。

 ところでちょうど私たちがワッフルを受け取って小便小僧の所へ行こうとした時に、再び遠足の小学生の団体がやって来た。彼らは明らかに私たちを好奇の目で見ていた。あまりにじろじろ見るので「Hello」と言ってみたら驚かれた。明らかに「東洋人なのに英語しゃべってる!」と騒いでいる。
 先に出会った子供たちの中にはアラブ系や黒人、アジア系の子供達もいたので、きっと町中の子供たちで外国人も見慣れていたのであろう。別に私たちを見ても驚きもしなかった。だが今出会っている彼らはほとんどが白人の子供だった。きっと田舎から出てきたに違いない。どうも彼らはアジア人をあまり見たことがなかったようである。ちょうど日本の田舎の小学校に黒人や白人が訪れたようなものなのだろう。こっちも面白がっていろいろしゃべってやった。そのつど彼らはきゃっきゃと大喜びしていた。
 
 ふと見ると小便小僧ジュリアン君は、ダンディなトレンチコートを脱がされて、本来の裸の姿に戻っていた。私たちがおみやげ屋とワッフル屋をまわっている間に、あのおじさんが脱がせたらしい。
小さいながらもさすが世界の名所である。サービスがきめ細かい。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_12726219_3?2007-01-30

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 さてブリュッセルといえば、絶対に外せない観光名所がある。今や世界中の豪邸の池や噴水にそのコピーが置かれている小便小僧こと、マネケンピス(Manneken-Pis)である。
 地図を見るとグランプラスにある市庁舎の横のエテューブ通りを下るとすぐにあるらしい。通りは細く、車一台が通れるほどである。もちろん石畳で、車の行き来はほとんどない。通り沿いの建物も石造りとはいえ2〜4階建て程度の低いものばかりで、所狭しといわんばかりに隙間なく建っている。まったく昔から全く変わらない街並みのようである。日本人の私としては、パリの広々とした街並みも好きだが、親近感はこっちの方がある。

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  まだ午前中のせいか人通りは少なかったが、しばらく行くと何人かの人が十字路で足を止めて写真を撮っている。そここそが小便小僧が立っていると場所だった。笑ってしまったのはそこに立っていた彼は私の想像していた裸の姿ではなく、ダンディなオレンジのトレンチコートを着ていたことである。
 実は彼は衣装持ちなのである。なんでも18世紀にフランスのルイ15世率いるフランス軍がここに進駐した際、ある兵士が冗談半分でこの像を盗んだらしい。なにせこの像は小さい。身長は56センチほどしかなく、「世界の3大がっかり」の一つでもある。(あと2つはコペンハーゲンの人魚像、シンガポールのマーライオンだったか?)それゆえ昔から何度も盗難に遭ったらしい。
 しかしこの時代にもなると、彼はすでにここブリュッセルの名誉市民と言ってもいいほど市民に親しまれており、悪く思ったルイはお詫びに豪華な衣装を何着か付けて返還したという。それ以来、世界中のファンから衣装がたびたび贈られ、今や彼のワードローブは700着近くにもなるらしい。王様、囚人、牧師、消防士…と言った具合に。まったくしゃれたものである。

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 ちょうど地元の小学生達も遠足で来ていたのだが、えらくきゃっきゃと騒いでいる。何事かと見ていたら、彼の小便が時々、道路にまで子供達目掛けて勢いよく飛び出していた。実は像の後で管理人のおじいさんが水道の栓をひねって遊んでいたのである。以前テレビで見たことのある顔だった。たしか彼が小便小僧の服も管理して時々着せ替えるのである。
 それにしても、さすが「世界の3大がっかり」と呼ばれるだけあって、知名度のわりには本当にささやかな名所だった。でもブリュッセルの旧市街自体もささやかな雰囲気で、周りの街並みと非常に調和しており、がっかりどころか私は非常に気に入った。管理人のおじいさんにも会えたことだし。
 像の正面にはおみやげもの屋さんがあった。入ってみると、まあこれでもかといわんばかりに小便小僧だらけだった。大、中、小、様々なサイズの小便小僧。金、銀、銅の小便小僧。キーホルダー、栓抜き、ベル、ステア、コルク抜き(当然あの部分がクルクル巻かれている)まで、何でもある。妻に「そんなもの買わないでよ」と言われながらも、せっかく来たことだし自分用と友達用のお土産に何体か購入した。
今、ちょうど私の書斎の本棚の上に飾ってある。ささやかな思い出である

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61.グランプラスにて

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 まったく息をのんだ。ヨーロッパでは当たり前の、なんでもない石畳の道と石造りの街並みからグランプラスに入った時の感想である。そこには広々とした、四方をガッチリとした風格のある建物で固められた広場があった。
 それはパリとは全く違う街並みだった。パリは道にしても広場にしても奥行きがあり、とにかく広々としている。しかしブリュッセルの街はこじんまりとしていて、道も建物もサイズ的には日本と同じくらいである。しかし日本の町の中心にはこんなに堂々とした空間はない。
 広場は約110Mx70Mの長方形で、石のタイルがびっしり敷き詰められている。ここでは花市が開かれたり、オープンカフェが出たりと実にベルギーらしい、この国の象徴ともいえる場所である。かつてビクトル・ユーゴーがフランスからここに亡命してきた時に「世界一美しい広場」と賞賛したのもうなずける。
 是非ともこの美しい広場を写真に収めようと試みたが、広すぎて全体がフレームに収まりきらない。部分的に撮ってみたが、どうしてもこの広場全体が発する雰囲気を写し出す事が出来なかった。広角レンズさえあれば…、歯がゆい思いをした。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_12280891_2?2007-01-24

 広場の周りは5階建てぐらいの、おとぎの国の建物ように飾り立てられた横幅の狭いビルが隣同士を接しながら建っている。ギルドハウスである。ギルドとは中世ヨーロッパの商業都市で発達した職業別協同組合のことである。日本の鎌倉から室町時代に発達した座に似ているかもしれない。同業者同士で集まって、品質や価格、営業方針、職人の養成方法に至るまで様々な事を決めた。専売組合、公に認められた談合組合と言ってもいいかもしれない。
 彼らはその職業ごとに守護聖人を持ち、シンボルマークも持っている。例えば製粉業のギルドは風車、船頭は角笛といった具合で、かつてのそれぞれの建物にこれらを形どった金のシンボルが飾られている。
 これらの建物の中でもとりわけ目立っているのが市庁舎である。15世紀のゴシック建築で、その尖塔は90Mもの高さがあり、先ほどブリュッセル中央駅から見えたものである。高すぎてここのお膝元からでは、カメラのフレームに収めきれなかった。建物それ自体のデザインや装飾も素晴らしく、実に美しい。さらに驚くべき事に、ここは今でも市役所として現役で使われているのである。中には素晴らしいタペストリーのコレクションがあるそうだが、時間の関係で見学しなかった。
 また広場の反対側には王の家と呼ばれる建物もある。こちらも16世紀のゴシック建築でスペイン統治期間中には政庁として利用されていた。

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 さてこの広場を一通り見渡して、後悔の念が押し寄せた。どうしてこんなに美しい場所に妻と一緒に来れなかったんだろう、と。どうやら彼女はまだここには到着していない。一緒にこの感動を共有したくなった私は、先ほど来た道を引き返して妻を探した。幸い彼女はすぐに見つかった。はるか向こうからこっちに歩いてくる。私たちはちょうど『おじさんと犬』の銅像がある噴水で再会した。
 私は先ほどのことをすぐに謝った。そしてこの先にあるグランプラスは実に素晴らしい広場なので、是非、君に見せたくて探しに来たことを告げた。彼女はまだ少し怒っていたが、とりあえずは仲直りをして一緒にグランプラスに向った。そして二人でまた感動に包まれることが出来た。

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 ブリュッセル中央駅に着いた私たちはコインロッカーを探した。ブリュッセルは半日観光の予定だったので、この重いバックパックをどこかに預ける必要があった。しかし、コインロッカーはテロ対策のため閉鎖されていた。仕方がないのでこの重いバックパックを背負いながらブリュッセル観光をする事にした。
 駅の外に出てみた。そこは都会の真っ只中だったが、駅構内にいたあのたくさんの人々はどこにいってしまったのだろう、と思わせるほど人通りが少なかった。
 さて、どこかに行こうにも、広い駅内をさまよったおかげで方向感覚が狂ってしまった。地図を見てみるとセントラル駅の近くに大聖堂があるようなので探してみた。駅前の道はけっこう坂になっていて、大聖堂を探して歩き回るとすぐに疲れてしまった。なにせバックパックを担いでいるので身が重い。道を歩いている人にノートルダム寺院はどこにあるか聞いてみたが「ここにはノートルダムはないよ」というつれない返事が返ってきた。それもそのはず、この大聖堂はノートルダムではなくサン・ミッシェル寺院だった。ここのファサードがパリのノートルダムに似ているので思い違いをしていた。ちなみにノートルダムとは聖マリア教会のことである。
 もう一度地図とにらめっこをしていると大体の現在位置が分かった。少し歩いてみると、たしかにそこにサン・ミッシェル大聖堂があった。

 この大聖堂は13〜15世紀にかけて建てられた、ベルギーで最も古い聖堂である。ベルギーを代表する教会だけあって王室とも関係が深い。中世にはカール5世の戴冠式が行われたり、1999年には現ベルギー皇太子の結婚式が執り行われている。
 なるほど、ゴシック建築の最高傑作といわれるだけあって堂々たるファサードだった。しかしパリのノートルダム寺院のように観光客であふれている事はなかった。少なくともこの時の見学者は私たちだけだった。中に入ってみると、採光がいいのかパリのノートルダムよりはるかに明るかった。ステンドグラスもなかなか見事だった。

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 ここで私たちはヨーロッパで始めての夫婦喧嘩をした。聖堂内には私たち以外誰もいなかったので、私は重いバックパックを入口付近に置いて中を見学しようとした。しかし、妻はそれにひどく憤慨した。盗まれたらどうするんだ、と。しかし私たち以外に人は見当たらない。第一こんな罰当たりな場所で盗みを働くやつもいないだろう、と妻に反論してみたが、私たちの議論はこじれるばかりだった。
 もちろん一応は場所をわきまえていたので小声に抑えてだが。結局、怒り心頭の私は大聖堂を出て妻を置いてグランプラスの方向へさっつさと歩いていってしまった。見知らぬ外国の地なので妻はすぐに恐がって謝ってついてくるかと思ったが、彼女は彼女で怒っていたのであせって追いかけてくる風でもない。怒りながらも妻が心配だった私は、時々は後ろを振り返って彼女を確認していたが、そのうち見えなくなった。別にどうにでもなるだろう。しかも次の目的地はお互いわかっている。彼女を振り払うように歩く速度を速めて角を曲がると、そこはまさに世界で最も美しい広場と称えられるグランプラスだった。

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 この日の朝は6時に起きた。今日パリを発ってベルギーに向う。再び重いバックパックを担いで3泊お世話になった部屋を出た。この日はあいにくの曇り空だったが,朝のパリの街は相変わらず慌しかった。昨日発見した東駅前ストラブール通りのパン屋でクロワッサンを買い込み北駅へと向った。
 パリ東駅と北駅は双方とも引込行止式の駅なのでSNCFの線路はつながっていないが、わずか300Mほどの距離で隣りあってる。最初パリに到着したのは北駅で、そこからメトロでシテ島に行き、再びメトロで東駅に帰ってきてホテルにたどり着いたわけだが、実はすぐ近くだったのである。東駅前のロータリーを抜けて駅のホームを右手に見ながら歩いた。ここは少し登り坂なので重い荷物を担いでいる身には少し辛かった。すぐに北駅の横に出た。
 
 パリ北駅(Gare du Nord)はイギリス・ベルギー・オランダ方面の列車のターミナルである。TGV,ユーロスター、タリス、とヨーロッパの花形国際特急列車が発着する。余裕をもって着いたので、カフェオレをスタンドで購入して、これらの列車を眺めながら朝食をとった。
 日本の駅のように騒がしい案内放送はない。乗り込む列車がどのホームから出るか、On timeで運行しているかは自分で掲示板を見て確認する。ユーロスターとタリスの専用ホームは、さすが国際列車だけあって腰の高さほどの柵がめぐらされ、自動小銃を持った警備兵が数人警護していた。実はこの数日前にスペインのマドリードで列車爆破テロが起きたばかりだったのである。
 ホームへのゲートではビジネスマン風の男女がタリスの乗客に本を手渡していた。受け取って見るとアウディの新車のカタログだった。車の宣伝の仕方一つとっても違うもんだな、と感心しながら列車に乗り込んだ。この本は外車好きの後輩へのおみやげにしよう。
 私たちが乗ったのはベルギー・ブリュッセル行きの高速列車タリス(Thalys)である。この列車はTGVを基本にした赤い車両で、フランス・ベルギー・オランダ・ドイツの4カ国を結んでいる。駅を出れば専用高速線に入り、最高速度は300km/hである。パリーブリュッセル間といえば、日本でいう東京-大阪間のようなもので、ヨーロッパでも有数のビジネスマンが多く行き来するドル箱路線である。この日も時間的なこともあって乗客のほとんどはスーツにネクタイ姿の出張族だった。
 私たちは2等車だった。私は30歳を超えていたのでユーレールパスは1等車も乗れるものであったが、予約の際、変な遠慮をして2等車にしてしまった。実は1等車なら豪華な朝食のサービスが付いていたのである。まったくもって惜しい事をした。
 列車に乗り込むと荷物置き場があったが、テープでぐるぐる巻きにされて荷物が置けないようになっていた。きっとテロ防止のためであろう。自分たちの席を見つけたが大きなバックパックがどうしても邪魔になる。幸い、車両の反対側の荷物置き場はなぜかテープが剥がされていたので、そこに荷物を置いた。

 しばらくすると列車は滑るように走り出した。なんのアナウンスもない。時間が来れば何も言わずにドアを閉めて出発してしまう。車内は静かで、2等車といえども乗り心地は大変良かった。列車は専用線に入るとグングン速度を上げていった。
 車窓はパリの都会の景色から広々とした田園風景に代わっていた。実は列車で国境を越えるのは初めてであった。フランス・ベルギー国境はなにか特別なものでもあるのかと、その付近で目を凝らして窓の外を見ていたが、いったいどこからベルギーに入ったのか全く分からなかった。昔のヨーロッパの国際列車を舞台にした映画で見たような、パスポートを提示する車内検札でもあるのかと思ったが、パリ北駅を出た時のチケットを見せただけの検札があっただけで何もなった。その後、パリからわずか1時間30分で列車はブリュッセル南駅に到着した。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/928175/img_928175_11891631_1?2007-01-19

 ブリュッセルには南駅、セントラル、北駅と3つの駅がある。旧市街へはセントラル駅が近い。タリスを降りた私たちは次に来た北行きの列車に乗った。なにせ次の駅で、急行でも、普通でも全て停まるのでどれでも良かった。3分ほどでセントラル駅に着いた。
 この駅はヨーロッパの鉄道ファンの間でも人気がある。ホームからグランプラスの市庁舎の尖塔が見えるのである。あたかもブリュッセルに到着した旅人を迎え、去る者にお別れを告げるかのように。いかにもヨーロッパらしい、旅情をさそう風景ではないだろうか。

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