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書庫広島・山口の旅

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 船から見た春の瀬戸内です。
何ぃ?今は初夏も過ぎて梅雨入りだぁ??!!
・・・気にするな、このブログはいつも季節はずれなんです。ワンテンポ…

 瀬戸内海の波はいつも穏やかで、周りを島々に囲まれて、ほんとにのどかな風景です。
同じ瀬戸内海でも、大阪神戸付近や岡山あたりは工業地帯でゴミや赤潮で汚いですが、広島湾周辺は自然がいっぱいで結構きれいです。
船のドックは多いですが、大工場やコンビナートが少ないせいでしょうか。

 あちらこちあらに広島名物、牡蠣のいかだが浮かんでいます。
潮風に当たりながら、夕日に染まる瀬戸内の風景を満喫するのもなかなかのものです。
向こうに見えるのは広島プリンスホテル。
以前泊まったことがあります。

それにしてもこの風景、地元の人が見たらにゃあさんの出張先ばれちゃうなwww。



業務連絡:Nobu,連中がおるじゃろw





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 戦艦大和の1/10の模型を見られる、呉の大和ミュージアムのすぐ前は、波止場公園になってます。
やたらただっ広く、足元がウッドデッキだと思ったら、なんと戦艦大和の船首甲板を原寸大に再現したものでした。

 ここを歩くと大和がいかに巨大な船だったかがわかります。
歩いても、歩いても…、いやほんとに広い!!
やっと船首の先端部にたどり着けました。
ここからは呉湾が一望できます。

 ちょうどあの辺りが、大和が建造されたドック跡のようです。
この時はタンカーが停泊中でした。




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 JR呉駅から大和ミュージアムまでは連絡通路で一直線で行けます。
その途中、えっ?!町中にどでかい潜水艦が・・・。

 これは大和ミュージアムに道路を挟んで隣接する海上自衛隊呉資料館です。
はい、海上自衛隊の本物の潜水艦『旧あきしお』を改造した博物館です。
こうやって見ると、現代の潜水艦の大きさに圧倒されます。
ハワイのパールハーバーで第二次世界大戦当時の潜水艦を見学したことがありますが、規模がちがいます。
 
 こんなものが陸揚げされて、町中にあるもんだからすごいインパクトです。
近くに行って、思わず見上げてしまいました。




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 大和ミュージアムには零戦62型も展示してあります。
零式艦上戦闘機、略してゼロ戦は誰もが知る太平洋戦争時の日本海軍の名機でした。
21型、52型が有名ですが、この62型は大戦の後期型。
ほとんど特攻用に改造された機体だったようです。

なんとこの機体、エンジントラブルで琵琶湖に不時着して沈んだものを引き上げたものらしく、たしかに滋賀県ではこのゼロ戦のことは有名な話となってます。
私も聞いたことがありましたが、まさかここに展示されていたとは。

それにしてもこんなに優秀な機体を作ることのできる日本人が、追い詰められたからといって、将来有望な若者たちを乗せて爆弾もろとも敵船に突っ込ませていたとは、悲しい歴史です。
死に甘い美を感じようとするのは、私たち日本人の負のDNAでしょう。
同じ展示室には、人間魚雷「回天」もありました。
これを思いつき開発を命じた指導者たちは、いったい何を考えていたのでしょうか。
人の死には酔えるくせに、自分は体を張ろうとしない。

「国敗れて山河あり…」
戦争に負けても、大日本帝国が滅びても、全ての日本人が死ぬわけではない。
戦争に負けたら今度は国を再興させることを考えねばならない。
その時のために、一人でも多くの有望で働き盛りの若者たちを生き残らせようとは考えられなかったのでしょうか。




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 呉といえば戦艦大和の母港だったところ。
今ここには1/10の大和が展示してある『大和ミュージアム』があります。

 大和には複雑な思いがあります。
やはりにゃあさんも日本男児だけに、このかつての日本海軍の象徴だった大和は子供のころから一番見慣れた船だし、無条件に「カッチョエエ…」などと思ってしまいます。
反面、小学生のときに読んだ「戦艦大和の最後」という大和の沖縄特攻の生存者が書いた本が子供心に衝撃的で、この模型の甲板を見ていても、「飛び散る肉片とはらわた」「血の海の甲板」といった描写を思い出してしまいます。
また、後に太平洋戦争を調べるうちに、この船は日本海軍がおかしくなっていたことの象徴でもあったと考えざるをえません。

 巨大戦艦の時代は終わり、航空機の時代が来ることは山本五十六をはじめ、良識のある人ならばわかっていたことなのに、シンボルとして作ってしまった。
日露戦争以後の日本軍は、調べていてむなしくなるほど精神主義や派閥抗争、侵略膨張主義に蝕まれおかしくなっていきました。
それでも海軍は陸軍よりはましのようでしたが、この昭和初期の時代にクーラーまで付いていた別名『大和ホテル』を見ていると、海軍も軍隊で最も重要なリアリズムを見失なっていたんだなと思ってしまいます。

 単純に戦艦としてはすごいと思います。当時最新の技術がたくさん使われており、後の造船界に大きな変化をもたらしましたし、この模型もとにかく大きいから圧巻で、あらゆる角度から見られますから身震いするものがあるのですが、私の大嫌いというか、史上最もおろかな戦争だと思う太平洋戦争の象徴の船でもあり、不思議な思いでこの巨艦を見つめていました。




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