大判カメラ日記

奥日光を中心とした写真撮影と大判カメラにはまっているマニアのブログです。

奥日光の山の話題

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厳冬の前白根山に夜間特攻したのは、わずか4年前だった。

湯元スキー場を出発するのは、午前1時ごろだ。
不健康極まりない。こんなことをするぐらいだったら、避難小屋に泊まれば良いのだが、そうなると装備がぐんと重くなってしまう。寝袋に食料、雪かきスコップにワカン、そして大判道具一式。さすがにそれは無理だろうと思う。だから夜間特攻になってしまうわけだ。

スキー場の緩斜面をダラダラと登っていく。
スキー場は吹きおろしの風が絶えず吹いていて、チリチリと音を立てて雪が舞っている。基本的に向かい風で、顔が痛くなる。
約30分ほど登ると、ようやくリフトの終点が見えてくる。
傾斜がだんだんときつくなる。最後のリフト小屋を越えると、いきなり登山道が途絶えてしまう。踏み跡が無いと分からない。
湯元からの夜間特攻を初めて敢行した時は、ここで迷って玉砕した。
1回目は1時間ほど迷って結局ルートを発見できずに引き返し、2回目は雪の中を泳いで体力を消耗してやはり玉砕した。3回目は月が明るかったから何とかルート上に乗ることができたが、外山稜線の雪の吹き溜まりで玉砕した。
リフト小屋の上は、夕方から夜にかけて吹きおろしの風が強く吹くらしい。風で踏み跡が消えてしまうようなのだ。そのさらに上はしっかりと踏み跡が付いているから、ちょっとした距離・・・多分50mぐらい・・・なのだが、運悪く小屋の付近が雪の吹き溜まりになってしまうようだ。周囲真っ暗でヘッドランプだけが頼りの状態だと、その50mが分からなくなってしまう。

そんなわけで明るいときに偵察登山をやっておき、今度こそ大丈夫だと思って夜間特攻を行った。
リフト小屋の上のルートまではすぐに分かったが、その上が地獄だった。急斜面の連続。東京タワーの階段を4回登っているような感じだ。一息つくような場所もなく、急登が続く。外山稜線までひたすら苦行に耐え、急坂を呪う。
脳が朦朧とするころ、突然のように標識に到達する。
この標識を見てホッとする。
イメージ 4
600mぐらいの標高差を、急登で一気に登る。
このあとは前白根までせいぜい標高差200m・・・と思うとホッとする。
だが・・・・夏だったらホッとしてのんびり登ってもいいのだが、冬はここから吹き溜まりのラッセルが待っている。魔の外山稜線、ワカンかシューを持って行かないと、雪にはまって泣きを見る。以前ここで玉砕した時は腰上まで埋まり、本当に雪の中を泳ぐことになった。
風が強いため、夕方から夜の人が歩かない時間帯は踏み跡が消えてしまう。かすかな踏み跡らしきものを探しながら、慎重に登らなければならない。

登り始め午前1時。到着は午前6時。
前白根手前の、ちょっと展望の良い場所で白根隠し稜線と奥白根を狙う。
前白根まで行ってしまうと、あとで中禅寺湖方面が狙えない。
イメージ 3
写真目的だからこういうところで構えているが、もし奥白根のてっぺんで撮るとしたら・・・午前1時発では全然間に合わない。前日の夜10時とかの登り始めでも着くかどうか?さすがにそこまでの根性と体力は無く、せいぜい前白根近辺までとなっている。

カメラはタチハラを持って行った。
イメージ 2
このポジションからの玉がどのくらいか分からず、65・90・120・150・180の5玉を持って行った。ナガオカワイドだと150と180が使えないので、タチハラⅠということになる。

陽が昇って30分ぐらいで撮影終了。
イメージ 1
もうつまらなくなった雪の斜面。
遠くに富士山が見えるのが分かりますかねえ・・・左手にポコッと小さく突き出ているのがそうなんですが。

撤収開始。
みなさんが登ってくる頃、飛ぶように降りていく。
家族連れやカップルが楽しく滑るスキー場を、修行僧のように徒歩で下っていく。
駐車場に着くと、体力は限界に達し、もう体はボロボロで膝はワラワラと笑っている。パンツ一丁になって着替えるが、着替えは冷たく冷え切っていてさらに体を痛めつける。
ここから家まで約4時間。ドリンクを飲んで頑張って運転をして帰る。
そして次の日は仕事だ。

このようなことを繰り返した結果、体が勝手に限界を感じてしまった。
めまいさえなければ、まだまだ登っているところだ。
がしかし、2年連続のめまいは、守護霊に「もう無理はするな」と言われているような気がする。
今後は夏山に限って常識登山に徹するしかない。・・・かもしれないな、と何となくまだ未練を残している。

特攻登山計画

日曜日、新潟も晴れの予報になった。
これは・・・行くしかないかも。
とても窮屈な日程になってしまうが、突撃!!

イメージ 2
多分、弥陀が池から上は凍り付いた世界。
朝一番の光を狙う。
光の角度は冬至に近いので、すでに見当はついている。
ただ、光が差す場所にうまく被写体があるかどうか、その場所でうまく構えられるかは、行ってみないと分からない。
イメージ 1

今回は、雪景色は、あんまり撮らないつもりだ。日陰の雪はこの間散々撮っちゃったから・・・。

気がかりなのは東側の天気で、日曜日は東に行くほど雲が多くなりそうな気配だ。
朝イチの光が来なかったら・・・・八甲田山の雪中彷徨になってしまうかも。


午後1時現在
やっぱり、無理・・・。日程的に・・・・。
ということで、今回の特攻は中止です。
昨日は醜態な記事を書いてしまった。
だが実際ドキドキして血圧が上がったのは確かだ。
あのずーんとした重みがまだ手に感触として残っている。
ブツは誰かが轟沈して一件落着。自分の中では納得できているので、買わなかったことが惜しいとはもう思っていない。
だが、果たしてこの先タチハラの1114の出物があるのだろうか?とも思う。
私が今でも悔やんでいるのは、55万の1114セットを買わなかったことではなく、タチハラのバイテン広角専用機を注文しなかったことだ。
03年だったと思うが、王子の工場に行ったときに見せてもらった。特注品だそうだ。広角専用機は受注生産という事で、個体数が少ないものと思われる。
タチハラのバイテンは結構出物があるが、広角専用機を中古品で拝んだことが一度もない。
出れば即決で買いたいと思っている。

あああ・・・こんなことばかり書いていると、また大判収集病が再発してしまう。
話題を変えなければ。

ということで、今回は温泉岳のことを記事にしたいと思う。
温泉岳は、おんせんではなく「ゆせんがたけ」と読むらしい。
日光と群馬の境界にあって、標高は2332mである。
金精峠から登っていくのが普通だ。
金精峠の急坂を登ってトンネル上まで出たら、神社とは反対側に進んでいく。
男体山を向いて左手の方だ。
樹林帯の中をダラダラと登っていく。
登っているうちに・・・30分ぐらい登ると湯の湖側が開けた稜線に出る。
金精山や奥白根も見える、撮影ポイントだ。
ここで何度となく狙ったが、その都度玉砕した。

さらに進むと再び樹林帯に入り、ダラダラと登っていく。急坂はあまりなく、ひたすら我慢して登る感じだ。
やがて小さく「温泉岳」という標識がある。これを進むと突然平らな林の中に出る。林の先200mぐらいで再び登り坂に入る。
この登り坂が最後の登りで、比較的すぐに山頂付近に至る。
イメージ 2
山頂展望は北側は良いが、東南西は木が邪魔で展望が悪い。
北側の展望が良いといっても・・・・これで写真になるかどうかは?手前のシラビソが樹氷にでもなっていれば良いのだが、春夏秋は被写体に苦労しそうだ。
イメージ 1
この先に進むと、根名草山までアップダウンを繰り返し、その先は手白沢温泉まで下ることになる。
私は根名草までは行ったことがあるが、山登り行としては楽しいが、写真目的ではそこまで足を延ばす必要はないと思う。特に体力の衰えを感じる今日この頃では・・・。

この土日は仕事や用事が入ってしまい、完全にアウト。
次の3連休の天気が気になって仕方がない。

山岳保険

山岳保険の分担金の請求が届いた。
一応、山屋なので山岳保険に入っている。
といっても、高額な保険ではなく、何かあった時の救助費用ぐらいなのだが。
jRO「日本山岳救助機構」という団体で、会費+事後分担金を支払っている。
大体2000円〜3000円ぐらいの費用である。

請求には遭難の場所や状況、補填金額などが同封されている。
事故が起きるのは、圧倒的に北アルプスが多いらしい。
その中で目に付いたのは、5月の金精山。
ガレ場で滑落となっている。
ああ〜あの場所だな・・・と、なんとなく事故現場や状況が分かる気がする。
金精山は、最初の登りがきつく、何か所かガレ場や梯子があって結構危ないのだ。
イメージ 2
これが金精トンネル上で、木の向こうに金精神社があり、中に「金精」の名にふさわしい、たいそうご立派なご神体が収められている。
この峠までの登りで事故が起きたのだろう。
この先の金精山ルートは、つるっとした岩が少しあるぐらいで、あとは普通の登山道だ。

金精峠にも何度となくアタックしたが、峠は風の通り道、奥白根山頂に匹敵する強風で敗北を重ねた。
この年は雪が付いて風が弱いことを確認してから登ったため、朝の光に間に合わなかった。
イメージ 1

稜線の霧氷は・・・これはデジタルの画像。
45は峠で撮ったら無くなってしまった。かろうじてブローニーが残っており、6×7で何枚か撮っている。

先日の北斜面もだったが、冬、風が弱いというチャンスは滅多いにない。
チャンスを逃さないためにも、「どこに入って何を狙ったらどう撮れるか」という想像力が無いとダメだと思う。

そうそう、それで今回は山岳保険の話だった。
会社の上司にもくれぐれも念を押された。頼むから山で死なないでくれと。
「大丈夫ですよ。保険に入っているし、山で死んだら本望です」
私はカメラを構えて、今シャッターを切った状態で凍死、それで良いと思っている。
ひところは小田代でもそんな話をしていた。
「木夫人が倒れるか自分が倒れるか」という意気込みで通い詰め、木夫人に向かってレリーズを押したところで息絶える。これが小田代病にかかった者の末路だと言われていた。


チューブにつながれて、意識があるんだかないんだか分からない状態で何年も生きるより、充実した人生を生きてさっぱりと死んだほうが良いではないか。
と言ったら「俺がいる時には (このポジションにいるときはという意味) 山で死なないでくれ」ですと。

まあそうでしょう。私が同じ立場でもそう思うでしょう。
山で死んじゃだめ・・・ってことは、小田代だったらいいのかな。

土曜日の天気予報、片品村雨みぞれ。
日曜日の天気予報、新潟晴れ。

おっと。チャンスじゃないか。こんなチャンスは滅多にないぞ。暖冬って結構山はチャンスだったりするんだ‥‥。
と思ってフィルムをホルダーにゴソゴソと入れていると、見つかってしまった。
「まさか登るつもりじゃないでしょうね」
「そ、そのまさかなんだけど・・・・」
「バカじゃないの!?」
「バカなんだけど・・・・」
「去年グルグルになって、あれだけ懲りたって言ったいたのに!?」
と、去年のグルグルの話を持ち出されると、返す言葉が無くなってしまった。
そうなのです。

去年短周期で夜間特攻登山を繰り返し、その無理がたたって12月30日にグルグル病を発症、2か月間はグルグルの恐怖におびえていた苦い経験からまだ一年経っていない。

そういえば、この間の夜間特攻も、特攻中実は寝不足で少し気持ち悪くなり、帰った晩はグルグルっぽくなったのだった。叱られて当然なのかもしれない。

まあ、仕方がないかなー、毎週の夜間特攻登山は確かに体に相当負担をかける。
まず第一に、睡眠のリズムが狂ってしまう。これがグルグルの直接原因ではないかと思っている。若いころのように無理がきかなくなり、体の調子の戻りが極端に遅くなっている気がする。若いころは一晩眠れば調子が戻っていた。今は3〜4晩ぐらい寝ないと睡眠リズムが戻ってこない。
第2に、寒さが身に染みる、という事。
いくら万全に装備をしているつもりでも、私がやっているのは普通の人はやらないことだ。手先足先の寒さは相当こたえる。カメラにも良くない。

イメージ 1

こんなになっちゃう場所で、良くカメラや体が持っていると思う。
第3に、だんだん重いものが担げなくなってきた・・・。
先日、山頂まで5時間近くかかってしまい、自分自身の体力にがっかりしてしまった。アイゼンが重かった。三脚は投げ捨てたくなった。下山がとてつもなく長く感じ、車に着いたら膝が笑っていた。

冬山で朝を迎えるので、どうしても重量がかさんでしまう。この重さに、年を追うごとに体力がついていかなくなってきている。
そのうち、冬山はデジイチだけという私自身の末期がやって来るかも知れない。

さて今回は・・・パスにしようかなあ。次の日は仕事日だし・・・。

家族に叱られて委縮し、特攻登山をあきらめてしまった。
「何が何でも奥白根」というガッツが無くなってしまった。
こうやって体力気力が衰えていき、やがて撮らなくなってしまうのだろうか。

しかしまだ老け込むには早い気がする。
何と言っても写真サークルではまだ最若手なんだから。

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