ぼやき
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3連休前から内耳に何かが起きてめまいっぽくなったと思って警戒していたが、めまいと同時多発でインフルになってしまった。
それで先週は廃人となり、土日は自宅で玉砕。 今週に入ってからも微熱は続くやら咳は出るやら・・・・・できればずっと休んでいたかったが、有休をほとんど使い切ってしまったために根性で出勤せざるを得なかった。 これでもかというぐらい薬とドリンクを飲んだ。 加齢のためだろうか、自然治癒力が無くなってしまった。薬は友達。ドリンク剤は体の一部。のような生活となり、こんなことでは先々が思いやられる。多分長生きはできないだろうなあ。 しかしインフルで廃人となっている間に良いこともあった。 お年玉年賀はがきで、2等が当たった。 こんなことは生まれて初めてだ。2等は1万枚に一枚だということで、くじ運から見放された人生かと思っていたが、ラッキーだった。 インフルグルグルで廃人になった ≒ お年玉年賀2等。 人生はちょうど釣り合いが取れているらしい。 さて、しばらくオークションを離れていたら、ウォッチしているものは全部終わってしまっていた。 なになに・・・・ 4×5のアルミ製引きぶたが1.8諭吉!? うそでしょ?どうしたんですか?みなさん。私それ30枚以上持っているんですよ。その値段で買ってくれます? コパル0番シャッターが1.3諭吉。ニッコールSW90が3.05諭吉。150mmが3.2諭吉。 おやおや、この狂乱物価は何だろう?中古店の方が安いです。 というわけで、2月末は諭吉を握りしめて銀座に突撃。 こんなことを書いているが、ひどい咳が治まらない。 のどもまだ腫れていて・・・・まあ回復しつつある感じはするのだが、・・・今週末もほとんど引きこもりにならざるを得ないようだ。 |
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今年の大失敗は、何と言っても写真サークルだった。
転職を繰り返して「転落の人生」とバカにされたことについては、微塵も後悔はないが、写真サークルについてはとにかく大失敗だった。悔いが残った。入るべきではなかった。 これによって写欲は減退し、撮りに行く気が失せてしまった。 ここから先は愚痴というか悪口というか、年の瀬になってこんなことを・・・と自制心も働くのだが、今年を総括し、区切りをつける上で書かずにはいられない。 ちょっと大目に見ていただくことにして・・・・書いてしまうことにする。 写真サークルは、2年かけて選んだ。・・・つもりだった。 条件としては、次のように考えた。 ①テーマを設けるような小うるさいことをせず、自由にやらせてくれること ②風景を撮る人が大半であること ③フィルムの人が一定数居ること 近隣の市を含めて20超のサークルがあったが、なかなか条件に当てはまるところが少なくなっている。特に条件③を入れると、候補が3つか4つしか残らない。 それで、一番フィルムの人が多いサークルを選んだ、というわけだ。 フィルムの人が多い。といっても、私を含めてわずか4名。8割がデジタルの人なのだった。 年齢構成は極めて高齢化しており、私の年代はゼロ。 ほとんどが終戦前後組で、中には戦前生まれの人もいた。 話を聞くと、近隣を含めて大多数の写真サークルが高齢化と会員減少に悩んでいるのだという。 今後10年のうちに、多くのサークルが自然消滅するものと思われた。 例会の運営は、多分どこのサークルも同じだろうが、2Lの写真を持ち寄って、それに対して講師が「あーだのこーだの」と講釈を垂れていく。会員はそれをかしこまって聞く、というスタイルだ。 ただ、この会には特徴があって、今時珍しい35mmのスライドショーをやっている。35mmリバーサルのマウントを円形の入れ物に入れ、ガチャンガチャンと音を立てて映し出していく、あのスライド映写機だ。 会員の8割がデジタルの人だというのに、どうして35mmポジのスライドなんかやっているのか、私にはとても不思議だった。 デジタルのプロジェクタなんか、4〜5万も出せば買えるだろうに。そうすればデジタルの人だって自分の写真の説明とか画面上でできるし、スマホをつなげて撮影地の説明をするのだって簡単なはずなのだ。 35mmポジは、そもそも私を除くと3人しかいない。その3人だけが入れ代わり立ち代わりポジを容器に入れてガチョンガチョンと動かし、延々と説明をしている。似たようなカットの連続の上に、逆さまに入れたポジもあったりしてそれを直すのに手間取り、無駄な時間が流れていく。 平成も終わりだというのに、この昭和然としたやり方にビックリしてしまった。 私は大判カメラ使いでガチガチのアナログ人間だと自分でも思うが、いつも3人だけが写真の説明をして残りの人が聞くというこの35mm映写機のアナログスタイルは、ダメだろうと思った。 だが誰もこのスタイルを直そうと言わない。会員もただ時間が過ぎるのを待っている。それを証拠に映写された写真なんか見ずに、スマホをいじっているか隣同士でおしゃべりに興じているか、なのである。 これだけでもう、嫌気がさしてしまった。 2L講評にも参ってしまった。 原版45で焼きが2Lなんて、バカバカしくてやってられない。 この感覚が理解してもらえない。 2Lは持ってきて当たり前、出さないのは非国民、みたいな空気があるのだ。 あんたはどうしていつも出さないの。新参者のくせに生意気な。 言葉には出さないが、そういう視線をひしひしと感じる。 一度、4×5から2Lに伸ばすことがいかに非効率的なのかを分かってもらおうと、2Lと原版を持って行ったことがあった。 2Lプリントは、明らかに原版よりもしょぼいプリントになってしまっている。 だが、返ってきたのは冷たい態度だった。「へーえ、これがフィルムなの。初めて見た」という割には、その先は全く耳を傾けてくれなかった。一瞥して終わりなのだ。 分かってくれないというよりも、講師を筆頭に引き伸ばしについての知識が無いように私には思えた。恐れているというか、自分たちの浅学がバレないように、あえて触れないでいるというか。 露出や被写界深度についても同じようなことが言えた。 2L講評の時に、時々絞りが話題になる。どのくらい絞って撮ったのかと。 半分超の人は「分からない」と答える。カメラ任せで知らない、というのだ。 講師も「F8ぐらいかな」と適当に推察している。 何のために絞りを聞いているのか、傍で聞いていても分からない。パンフォーカスにしたいのか?もっと背景をぼかせ、という意味なのか? レンズは何ミリを使っているのか、どこに焦点を合わせているのかによっても、同じF値でも被写界深度は違ってくるのだ。デジタルの受光素子の大きさでも違ってくるので、まあまあ複雑。これが分かる人は、一応写真について勉強した人だ。 だが、そういう深く突っ込んだ話はない。適当な推察と「わからない」という答えのやり取りが延々と続く。デジタル同士でさえ、写真の会話が続かない。技術の向上とか知識を深めるとか、何もないのである。 露出も同じだ。 会員の中にスポット測光に挑んだ人がいた。ところが講評は「スポットなんか駄目だよ」。マルチ測光という便利なものがあるんだから、それでやりなさいと。スポットなんかやるから失敗するんでしょ。というわけだ。 もうガッカリというか、目が点になった。 じゃあ大判屋たちがやっていることは、いったい何なんだろうか。 そんなやり取りを、私は黙って聞いているだけ。ここでも苦痛の時間が流れていく。 だが露出や絞りの話題は少ない。語る方も聞く方も知識が無いから、深まった話ができないのだ。 それで、大半がトリミングの話となる。 トリミングは、私は絶対に否定するわけではないが、基本的にはしない方が良いというスタンスである。 広告とか個展とかアートとか、世に作品として送り出す際は、トリミングやプリントの焼き加減も全部ひっくるめて「作品」となることは承知しているつもりである。 しかし大判のように全部が全部単焦点のカメラでは、レンズを選択した時点で「絵」は決まっている。下手をすると、家でカメラバックにレンズを詰めた時点で、決まってしまう。 大判レンズは、35mmのような気軽なズームというわけにはいかない。フィールドでは、せいぜい持って行って単焦点6本までなのだ。しかも、「これは撮りたい」と思う景色では、その6本を交換している暇がない。事前に予測し、「このような風景の時は何ミリでこう撮る」というシュミレーションをしておかなければ、実地で「絵」を撮ることができないのだ。 だから何ミリを選んで撮ったのかというのは、大判屋にとってとても大切なことだ。 そのレンズを選んだというだけで、もうそこには撮影者の矜持というか強い意志が存在するのだ。 これが理解してもらえない。 「45なんだから、あとはトリミングしたい放題でしょ」 と、大判の聖域を冒涜するようなことを平気で言う。 トリミングに対して抵抗感が無いというのも、私には不思議だった。 仮にフルサイズのデジイチであっても、もともと画面が小さいのだ。これをさらにトリミングしてしまおうというのだから、驚きを禁じ得ない。APS-Cやフォーサーズでも無邪気にトリミングしてしまう姿に、私は自由を感じてしまった。 もちろん、写真は自由であり、トリミングなどやりたければ本人が自由にやればいいと思うのだが・・・。私が感じてしまった「自由」とは「何の節操もない」という、あまり良ろしくない意味なのだ。他人の写真を無軌道に切り刻んでいってそれで良しとする・・・自由だ。全く自由な発想だ。 こんなに自由な発想なのに、どうして大判に対しては、かたくななのだろう。 そんな私の苦行にとどめを刺したのは、やはり写真の評価だろう。 ある写真に対して、万人がすべて良い評価を下すものではないことは、私も理解している。私ごときが良いと思って出した写真も、第三者から見れば「なんだこれ」とコケにされる場合だってある。それは分かっている。 ところが私が直面したのは、そういう評価とは無縁の、単なる偏見だった。 写真が良いとか悪いとか、内容がどうのこうのとか、構図とか露出とか言う以前の問題だ。 例えば、小田代の貴婦人の写真を出す。もうそれだけで否定されてしまう。 いわく、「小田代なんかみんな撮っている」。 だったら「富士山なんかみんな撮っている」し、「奥入瀬なんかみんな撮っている」「裏磐梯なんかみんな撮っている」だろう。 そこは言わない。 他の会員が普通の日中の富士山や奥入瀬を持ってきても、「着眼点が良い」とされる不思議。これを偏見と言わずに何というのだろう。 夏の小田代を持って行けば、小田代は秋が良いという。 小田代の良さは、秋に限るのだそうだ。 そして講師は恐るべき一言を言い放った。 「我々はもう小田代は撮りつくしている」 おいおい、いったい誰を相手に小田代の講釈を垂れているのだ。 赤沼の常連に聞かせてあげたい。 多分、鼻先で笑われる。お前らなんか小田代で見たことが無いぞ。と。 夏の小田代の展望台とか持って行っても、貴婦人が入っていなければ小田代だと分からない。私が「小田代です」と言って初めて「ああ、そうなんだ」と分かる、そんな程度だというのに? 数回行っただけで小田代の何たるかもわからないのに、「撮りつくした」とはいい度胸をしている。 そしてこのテの、「〇〇は撮りつくした」と豪語する人が、私の住む界隈には案外たくさん居るのだ。 ちょっと腹が立ったので、意地悪く秋の志津林道を持って行った。すると案の定、小田代と間違えていた。 「これは小田代ではなく、志津林道です」と言うと、絶句していた。 通っている人なら、絶対に間違えない。 内心、冷笑する。 この人たちは、ろくすっぽ日光に行っていない。行ってもトータルでせいぜい10回ぐらいだろう。それなのに、さも知ったかぶりをして虚勢を張っているだけ。 かわいそうな人たち。 年長者を敬わない不遜な態度、極力表には出さないようにしていたが、感じるところがあったのだろう。志津林道の一件も、心証をかなり悪くした。もともと溝があった私と会の距離は、ますます開いていくこととなった。 そして決定的だったのは、写真展だ。 これについてはすでに述べたので、詳細は省くことにする。すでに記事がかなり長くなっちゃったし。 が、「こんな写真はみんな撮っている」には恐れ入ってしまった。 じゃあ、もう私の出る幕はないですねー。ハイ、サヨウナラ・・・というわけだ。 なんだかんだ言って、写真サークルとは結局つまるところは人間関係だった。 シャッターチャンスとか露出とか構図とかフィルターワークとか、技術的な向上を目指しているのではない。写真哲学とか発想の斬新さとか、そんな高尚な問題を切磋琢磨しているのでもない。 人間関係が良いか悪いか、上位に立っているか下位にいるか、押しが強いか気が弱いか、その程度の問題だったと思う。 私はこのサークルの中では、身分的に一番下。新参者だから仕方が無いのだが。 「身分」というと時代錯誤的印象だが、この空気感は実際に集団の中に入ってみないと分からない。 どんな写真を出そうが、良い評価を受ける人は予定稿として決まっていた。 評価されない人も決まっていた。 写真集団におけるカースト制度だ。 どんな集団も、結局は「人」なのだ。人の質が、その集団の良し悪しを決めている。 仕事だったらカネのために我慢もするが、道楽で入っているわけだから、そんな立場を甘んじて受けるいわれはないと思った。金を払って嫌な思いをし続けるのは、バカバカしかった。 少し我慢すれば立場が変わるかとも思ったが、いくばくかの期間身を置いてみて、この会の体質は容易には改善しないものと推察できた。 会全体の知識も技術も稚拙だった。 衰退はするだうが、向上するとはとても思えなかった。 このまま居たところで、何のメリットもないと思った。 私にとって今年は「辞める年」だったらしい。 それでサッサと辞めてしまった。 辞めたこと自体は何の未練もないが、写欲の減退という後遺症が残ってしまった。 私は、基本的には写真というのは自己満足の世界で良いと思っている。 コンテストで名を上げたいとか、広く世に知られたいとか、そういうギラギラした人とは、ちょっと距離を置きたいと思っている。 何しろ撮る過程が超面倒臭い、大判カメラを選んでいるのだ。コンテストに食い込むことができるような「絵」を求めるのならば、大判では無理だ。とっくの昔に高級デジイチに乗り換えていなければならない。 だがそうではない。それは楽しくない。 面倒くささ、不自由さがあるから楽しいんじゃないか。不自由を楽しみ、その先に「絵」があるからこそ面白いのではないか。私はそう思って大判カメラを続けている。他人と競うのは性に合わない。自分自身の自己満足のために、大判カメラをいじっている。 「みんなで大判カメラをやりましょう!」と言っているのではない。デジタルにはデジタルの楽しみがあるのであり、それを否定するつもりはない。コンテストに入りたい?向上心があって結構なことだ。だが、それを押し付けないでほしい。 写真の楽しみ方にもいろいろある。全員がコンテストに入りたいわけではない。みんながみんな同じ方向を向いてどうする。撮る過程を楽しんでいる人間だって居るのだ。モノクロや湿板に励む人たちだっている。そういう異なる世界も、少しは尊重してほしいと思ったのだ。 サークルに出したしょぼい2Lは、ただの2Lじゃないんですよ、いろんな複雑な手順を踏んで、苦労の挙句にやっとこさ撮った一枚なのです。 要するに、大判で撮った一枚を、デジタルの価値観で簡単に語るな!というところだ。 写真の良し悪しを決めるのは講師?コンテストの順位? いいや違う。自分自身だ。 通いつめて苦労して会心のショットを得たときの喜び。これこそ撮ったぞという感触。これは自分にしか分からない。 しかし同じような苦労人が居れば、煩雑で不自由な操作の上にある無上の喜びが分かってもらえるのではなかろうか。 同じような苦労人、つまりフィルムカメラをやる人がいれば、この気持ちは分かってもらえるかと思っていた。一人ぐらい分かち合える人がいるのではないかと、淡い期待を抱いていた。 見知らぬものへの幻想があった。 その幻想は、サークルに入って見事に打ち砕かれた。 私は原版まで持ち込んで苦労を理解してもらおうと努力したが、聞く耳を持ってもらえなかった。耳で聞いていたかもしれないが、心では聞いてもらえなかった。 私が入ったサークルは、異質な世界への興味も柔軟性もない、ただの閉鎖的な老人サロンだった。 大判屋の楽しさは、結局大判屋でないと分からないのだろうか。 撮ったところで・・・・その苦労や喜びを誰にも分かってもらえないのだろうか。 一人ぽつんと、島宇宙に居る気がする。 これが「写欲の減退」の原因だ。 来年は・・・足しげく赤沼や北上野に通い、大判話をしなければ、と思う。 もうそこしか大判の話をするところが無いわけなのだから。 |
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本当なら今日が突撃日だった。
今さら悔やんでも仕方が無いのだが、年を追うごとにきつくなる山登りのことを考えると、登れるうちに登っておかないと。と正直焦る気持ちがどこかにある。 去年の今頃頭の中にあった、「この地元でも写真が撮れるところを開拓しなければ」という考えは、今や完全にどこかに消え去ってしまった。 そもそも朝早く起きようとしなくなった。というか、起きれない。 ちょっと前までは「小田代時間」とか言って、一番バスに間に合う時間帯に起きていたのが、小田代から足が遠のいてから朝がてんで弱くなってしまったのだ。 山に登る時だけはアラームが鳴る10分ぐらい前にフッと目が覚めるから、気合が入ると違うというか、人間の体というのは不思議なものだと思う。 今朝も惰眠をむさぼった。 怠惰に起きてゆっくりとコーヒーを飲む。そしてヤフオクの結果を見る。 休日のこの習慣が、すっかり身についてしまった。 その習慣を何とかしようという気力も、なくなったように思う。 要するに、「是が非でも良い写真を撮りたい」とか「誰も見たことが無い朝の美しい情景を撮りたい」とか「千載一遇のこのチャンスをものにしたい」とか思わなくなったという事だろうか。 これを「写欲の減退」というのかも。 私の場合はもうちょっと深刻かもしれず、「どうせ写したって、その先に待っていてるのは・・・・」という実体験が、トラウマとして心に刻み込まれているのかもしれない。 まあそんなわけで、3連休は何の予定もなくブラブラと過ごすだけなのだ。 昨日はちょっと元気になったので、実家に行って掃除をしたり庭木の剪定をしたりした。 今日は図書館に行って、正月休み用の本を、上限一杯まで借りようと思っている。 明日は・・・カメラいじりか。 写真を撮りに行かないと、話題に困ってしまうのだ。 そもそもこのブログは、「奥日光」と「大判カメラ」がテーマだ。 奥日光にも行かず、カメラも出さずということになると、書くことが無くなってしまう。 天気予報によると、年末の天気は強い冬型になるようだ。 ということは・・・今年はもう日光には行かない? せっかくこの正月は長く休みが取れたのになぁ・・・・。 どうしたものかと、今から予定を考えてみることにする。 こんな内容でも読んでいただき、ありがとうございます。 |





