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お仕事、楽しいです。
帰った来たら、ぐったり眠ることも増えました。
途中で何かにびっくりして起きちゃうんですけどね・・・。
お仕事している職場、ご夫婦で来られる方がとても多いんです。
それも、とても温かいご夫婦ばかり。
お互いのことを大事そうに見てらっしゃるのが、とても癒されます。
いいなぁ。
私もいつか・・・と、考えなくもないけれど・・・
男性、苦手なので・・・。
友人ならいいのだけれど、
そういう関係は無理。
気持ち悪い。
「うえっ」って、なる。
(考えて本気で「うえっ」ってなった)
でも、
竹下文子さんの『木苺通信』の「トプ」と「私」みたいなのだったら、いいなぁ。
同じ作家さんの『風町通信』の「彼女」みたいなのは嫌。
主人公「彼女」は少し不器用で、引っ込み思案。
ポストに手紙を入れてすぐに後悔して、どうしようもなくいたたまれなくなる。
歩いていて人を避けようと思ったらぶつかってしまうし、どうしたらいいのか時々混乱してしまう。
そして今、ボーイフレンドとお喋りをしているのだけれど・・・
ほんとうの「彼女」―彼女の心―は、一人、もっとわくわくすることをしている―思っている―。
空に向かってどんどん進んで、もうすぐ空に手が届く。
こんなに自由な自分が、心にあるのに―――。
そんなこと、「彼」はしらない。
つまんない。
だからこそ、「彼女」は心だけは一人他のところで遊んでいるのだけれど。
「彼」は「本当の彼女」のことを何一つ知らないのである。
知ろうとしないのか、見ていないのか。
目の前にいる「彼女」が“本物”じゃあないなんて思ってもみない。
・・・・愚かだなぁ。
「彼女」はそのうち、一人でどんどん遠くへ行ってしまう。
気付いたころにはつかまえられない。
『木苺通信』の「トプ」は「私」のことを見たまま受け入れる。
「私」は、見つけるたびに少しずつ違うかもしれない。
それでもいいんだ。
なんだっていい。
「私」はただ「私」であるだけで、それが自然で、そこが興味深くて、
それを「ふぅん」って言いながら見ている。
興味がないんじゃない。
優しい「ふぅん」。
きっと、ちょっと満足げに。
面白いことを始めれば面白そうに見る。
そして、時々「あんたのそういうとこ好きだよ」って言う。
きっと、目を和ませて面白そうに。
ただ、なんとなく、一緒にいて心地いい。
気が付いたら隣にいて、のんびり寄り添う。
ほんの少しの仕草で、ふと心が温かくなる。
くっつきすぎず、離れすぎず。
干渉しすぎないけれど、ふと思った時に呼んでみる。
そうすると「はいはい」(これも優しい意味の「はいはい」)って応える。
そういうの、いいなぁ。
見るものを無理やり矯正して同じものを見ようとするのと、
何を見てるのかな?って目線をたどってみたり、姿勢を変えてみたり、考えてみるのはちがう。
・・・・と、思う。
後者のほうが、きっと楽しいし、温かくなれる。
なにより、ちょっと見えた時に嬉しい。
何考えてるのかなって、何見てるのかなって考えるのが楽しい。
だから、いっしょうけんめいになれる。
きっと、相手のことがもっと好きになる。
そういうのもあるね、って認められる。
そうして考えたことは、とても大事になる。
私にとってこれは友人に対することだけれど。
そういうことを自然にさせてくれる相手なら、大丈夫かな。
ちょっと悩んだって大丈夫で、最後にはただ自分らしく好きなことを好きって言って、
なんだかにこにこ笑ってそっと隣にいられたら、大丈夫かなぁ。
その前に、
もっと自分とお話しするほうが今は大事だと思う。
私はまだ自分を持て余してる、ような気がするので。
そりゃあ耳は聞こえないし、寝れないし。精神ボロボロかもしれないけどさ。
潰されてる場合じゃあなかった。
負けないっていうのとはちょっと違う。
人はつい対抗してしまいがちだけれど、
そういうんじゃなくて、もっと自然で無理のない方法で、できることだってあるんじゃないかなぁ。
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