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梨木香歩 『りかさん』
プレゼントにリカちゃん人形が欲しいと言ったら、
おばあちゃんから送られてきたのは「りかさん」という名前の日本人形だった。
ちょっとトラウマになりそうです。
でも、この「りかさん」ただものじゃあなかったんです。
喋ってごはんを食べて、ほかの人形との通訳だってしてしまう人形の「りかさん」。
ふしぎで、優しくて、本当に「りかさん」がいたらと思うと、ちょっと嬉しくなる。
「気持ちは、あまり激しいと濁っていく。」
“強いと”とは言っていない、“激しいと”だ。
ここがたぶん大事。
“強い”っていうのはきっと、しなやかさを伴う、まっすぐで澄んだ気持ちだ。
そして、このおばあちゃんも素敵なのです。
物事を優しく静観している感じ。
私はこの物語で言うところの「疳が強すぎ」るのかもしれない。
自分の感情をまだ自分で整理しきれないんだろう。
それじゃあ、だめ。
おばあちゃんは言う。
「年をとってありがたいのは、若いころ見えなかったことがようやく見えるようになることだ」
それはきっと、おばあちゃんじゃなくても、年齢を重ねるごとに感じられることなんじゃあないかなぁ。
そういうふうに、年をとりたい。
物語や物事って不思議で、
ちゃんと見ようとするとその時自分に必要なものが見えるんです。
そうやって見えたものの中で、
自分で納得して、これは大事だなって思ったものは、ずっと大事にする。
たぶん、人だってそうで、
自分が見ようとしたものが見える・・・んじゃないかなぁ。
固定観念のようなものを持っていたら見える範囲はずっと狭くなるし、
受け取り方によっても印象が全く変わってしまう。
「他人は自分を映す鏡」っていうのは、そういうことなんじゃないかな。
人って自分のことでさえよくわからない。
それなのに他人のことを全部を見るなんて到底できないけれど。
それでも、「自分の濁りを押し付けない」で、優しい透明な感覚で見ること。
どんな「アク」(灰汁)も、その人らしいものとして自然に受け入れていく。
まず、これが最初。
そうやって、すこしずつ色々なものをほどいていく。
私だって人間だから、時々「激しい」気持ちだって出てくる。
でも、自分のそういうのも同じように受け入れたらいいんじゃないかなって。
どこかで自分を否定してたんだな、って。
他人を肯定するように自分を肯定するために、まずは自分をちゃんと見て受け入れていいのかな。
そのままの自分でいても。
自分を押さえつけすぎて、痛い思いをして後悔もしたのは、無駄じゃなかったって思う。
一生大切にすべきことだ。
こんな思いをしたくないんなら、もっと自分に耳を貸すべきだし、
それができなかったら、他人のことなんて余計に見えなくなるだけ。
今、自分が何を思ってるのか、何がしたいのか、
どういう反応をしたいと思ったのか、
そういう自分の心の動きに、私は疎すぎたんだな。
この物語の「りかさん」は、心をとんとんと整理してくれる。
読み進めていくうち、たくさんのことに気付かされる。
「りかさん」は、その物語を読む側の心も整理してくれるのかもしれません。
この『りかさん』に関して、
以前から用意していた感想文は“人形”の存在の認識についてだったのですが。
長くなりすぎたり、色々調べすぎて深くなりすぎたりで
ブログに書けるようにはまとまっていないので・・・
それはまたそのうち。
*引用文献*
梨木香歩『りかさん』
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