言ノ葉ノ詩〜Sincerely〜

声がとどかなくとも、ここにいること、やっぱり叫び続けようと思うのです。

ひとりごと

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何気ない想いをぽつりとつぶやきます。
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のんびりやります。

色々書きたいことは溜まるのですが、ねむい・・・。
そろそろお仕事で雛人形の展示計画を形にしないとまずいので、
最近、家にいるときは本で調べもの、お休みの日は図書館に引きこもり。
 
遊ぶときは遊ぶようにしてます。
ずっと考えてると頭がぼんやりしてきて、何がなんだかわからなくなる。
考えることが多過ぎて煮詰まっちゃう。
 
 
お雛様、何を見せたら楽しいかなー。
 
あ、鉱石ってあれどうだったかな・・・。
 
枕って・・・。
 
明日やらなくちゃいけなかったことは・・・。
 
そういえば、あの小説ってこういう解釈もありかな・・・。
 
・・・・いつか、私のことを覚えてなくても、心のどこかに何か残せるような、そんなことがしたいなぁ。
たとえば、大切な人に嫌われるのは堪えるけれど、嫌われてもいいから、いつか、何かの拍子に、
誰が言ったのかも忘れてしまった頃に、私の言葉が役立てばいい。
何かのきっかけになったり、手助けになったりしたらいい。
いつかきっと。
 
そんなことを次から次へと考えたり。
(全部つながらないし脈絡がない)
 
 
私が私らしくすると自分自身で冷静に見ても若干痛い感じにはなるのですが、
そのほうが生きやすいので、まぁいいかと思っています。
 
萎縮していると疲れるし、面白くないので。
人間なので、トラウマがある相手などにはやはり萎縮してしまうのですが。
決してその相手が嫌いなわけではないので、克服できたら、いいなぁ。

お休みだった月曜日。
少し喉に違和感が。
お休みも半ばになるとお仕事に行きたくてうずうずし始める人。
お仕事に行けないなんてことになれば大惨事なので早々に病院に行ったのですが・・・

診断・「風邪です」

「あの・・・でも喉が少し・・・すごく腫れてるような気がしてるんですけど・・・?」

「この程度ならただの風邪でしょう。」

「そう・・・ですか・・・」

というわけで、風邪薬をもらって1日おとなしくしていたのですが・・・


・・・・悪化した。

去年の5月(だったかな?)以来の光熱&喉の腫れです。


熱が出ると、コントロール出来ずに色々見たり思い出したりする。
そのほとんどは普段見ないように、思い出さないようにしている暗い部分や悲しい記憶。
でも、いつかは受け入れていかなくちゃいけないんだよ。
それでも、今の自分を形作っている大切な記憶で、
私を、一瞬でも自分の大切な場所に置いてくれた人たちの記憶なんだよ。
・・・と、すんすん泣きながら言っても説得力の欠片もないのですが・・・。


というわけで、本日お仕事をお休みしてしまいました・・・。

喉が痛いより何よりお仕事をお休みしたのが悔しくて大泣きしていたりしました。
喉が腫れすぎて息もきついのに大泣きしたため、若干呼吸困難になりつつ。

別の病院に行ったところ、即点滴を打たれました。
半泣きになりながら。

点滴・・・
物凄く怖いんです。
普通なら断固拒否するのですが・・・

早く治ってお仕事行くんだもん・・・
できるだけ早く治さなきゃいけないんだもん・・・
などと心の中で繰り返し(でも半泣き)

かえってげんなりしょんぼりしながら足元もおぼつかない感じで帰宅しました。

あまりのビビリ様に看護師のお姉さんたちが心配して、
前を通るたびに頻繁に顔を出してくれたのがありがたいやら申し訳ないやら・・・。


いまのところ、
声は出ない、もの(水分も)飲み込めない、あくびも痛くて無理、
点滴のおかげで熱は少し下がり気味。
明日も点滴にくるように言われたのですが、忙しい時期なのでさすがに2日連続では休みたくないので、
金曜日の本来のお休みの日まで様子を見ることにしました。
明日、明後日は意地でもお仕事行きます。(悪化させないようには気を付けます)

血が出るとなかなか止まらないことを除いてはケガや病気の治りは早いほうだとは思うので・・・
まぁ大丈夫・・・だと思いたいです。
(金曜日までに治さないと2回目の点滴が・・・)

友人に「ゆきは体弱いけどしぶといよね」と言われたことがあるのですが・・・なるほどいいえて妙だ。

僕は僕に

図書館や書店に行くと、とても時間がかかる。

3歩歩いては立ち止まり、目についた本を手にとってぱらぱらめくり、たしかめて、また3歩進む、
といった具合いで、なかなか目的のものにはたどり着かないし、
たどり着いたとして、それを手に持って続きにかかるのだから、一向に終わらない。

そんな自分らしさとペースを取り戻しつつある今日このごろ。

ちょうど安心のできる場で、リハビリをしているような感じ。

職場でだって会話は少なくても孤独じゃない。
困っていれば声をかけてくれる。
なんでも言っていいんだと言ってくれる。

小さく感動を覚え、とても感謝すると同時に、
あぁ、人ってこんなにも温かいものだったなぁ、と思う。

そうやって徐々に癒していく。
嬉しいことは嬉しいと伝えること、
辛いことは辛いと言うこと、
自分らしく感じて、自分らしく行動する、
どんな反応をしてどんな行動をしたって、否定したり押さえつける人は、もういないよ。
しばらく絡め取られていたそういう感覚を、ゆっくりゆっくり取り戻していく。

麻痺していた感覚がじわじわと戻ってくる。
心地いい日々。

どれほど温かいものを灯して接そうとしても、私にはまだまだ足りないものだらけで、
どうしても温められないものが出てくる。
どうしてそう思ってしまうのだろう、
なんでだろう、なにかあったのかな、
なんて相手の思惑を拾おうとしているうちに、引きずられてしまって、
こちらの心まで寒くなってしまうことがある。
大切なのは「ただ読み解く」ことで、「理解」できなくてもいいかもしれない。
耳をかたむけたうえで、自分らしい感想を持てばいい。
「共感」はしてはいけない。
というのは頭では分かっているけれど・・・。
冷たいものにさらされると、知らないうちに自分の心まで冷えてしまいがちで。
そんなものになんか負けないくらいの温かさを持ちたいと思うのです。

そこで破壊されてしまえば、見えていたものも気づかないうちに見えなくなってしまう。

それこそ、「監禁されて無理矢理薬物中毒にさせられていく」ような感覚なのだろうと思う。
薄ら寒い気になる。
そうしてしばらくの間、私は人に接するのが怖かったのだ。
気付かないうちに自分が麻痺していって、なくなってしまうんじゃないかってことが。

人は暖かくて優しい。
そして、時に残酷だ。

私だって少なからず持ち合わせている二面性だと思う。
けれど、
残酷な面を他人に向けるのは、悲しいことだと思う。
私は気性が荒いし、わがままだ。
それを思うからこそ、できる限り他人の毒にはなりたくない。
表向きの形式だけではなく、内面的にも。
形式だけ無難な膜に包んだって、違和感は拭えないものだし、
そんなものはすぐにほつれて、押さえ込んだものはほころびた部分からいとも簡単にもれ出す。
そんなその場しのぎ上辺だけの役に立たないものなんて持つつもりはない。
いつも心の芯に温かなものを灯して、
接すれば冬のひだまりのように少しだけほっとするような、そういう人でいたい。

そうすることで、自分の中の毒が少しずつでも中和されて解けていくことを望んでいる。

大丈夫となぐさめて、
ゆっくりゆっくり、
絡まった糸を解くように受け止めて、理解して、折り合いをつけてするりと解く。
きっと一生終わりはない。
それでも、私はどれも捨てずに抱きしめていきたいと思う。
目を逸らさずに、本を読むようにただ優しく手にとって読み解いていく。
自分のことも、できれば他人のことも。

理解されなくても、誤解をされたままでも、なんだっていいや、ってのんびりくつろいでいられる、
そのくらいの器の大きさが欲しいと思う。

最近のお散歩記録。
 
前回のお休みに図書館に行く用事があったので、寄り道。
 
イメージ 1
名古屋の文化のみちにある「二葉館」。
ステンドグラスの展示がどうしても見たくて。
良いお天気。
ここは今回の展示以外にも建物にステンドグラスがたくさんはめ込まれて、
お天気の日にはつい来たくなる。
建物の内装はドールハウスのよう。
階段がとくに素敵で、登るたびにどきどきする。
 
ここと橦木館の中庭、市政資料館の外観や階段、ステンドグラスには時々会いに行きたくなる。
 
市政資料館ではよくコスプレの撮影をしているのを見かけたり、運が良いと結婚式に遭遇したり。
職員の方々も気さくで居心地が良いです。
 
 
 
その前の休日は京都。
 
目的地は決まっていたのですが、ただそこへ行くだけじゃあつまらない。
ので、ひとまず寄り道。
イメージ 2
下鴨神社はお気に入り。
洋菓子より和菓子が好き。
実はケーキやマカロンは好きじゃなくて、麸焼きせんべいならにこにこしながら一人でしょりしょり食べてます。
 
それと、これはお盆代わりに「お式」、お皿の代わりに「かわらけ」で・・・
巫女には馴染みのあるものなので。
懐かしくて余計ににこにこ。
 
日柄が良かったのか、新婦さんが3人も。
1年前まで結婚式のお手伝いもしていたので、見慣れていたはずなのだけれど、
やはり新婦さんは素敵で見惚れてしまう。
 
ついつい長居をして、目的地にはなかなかたどり着かない。
そういうのが好き。
ゆっくりでいい。
いつかたどり着けるのならそれでいい。
急ぐ必要なんてないし。
着く場所が最初に思っていたところと違ったって構いやしない。
 
結局、たどり着いたのは日が暮れ始めてから。
 
イメージ 3
ここ。
お気に入りの場所です。
本屋さんと雑貨屋さんなのですが、ちょっと変わっていて。
かちかちに硬いものはあまりない。
どれもマニアックで、
そういうのが好きでなかったら探さないような本がたくさん。
こういう場所、好きです。
 
一体どこで探してくるんだ、ってものが好き。
とくに意味は持たないのだけれど、誰かにとっては魅力的で、どこかいいってモノが好き。
だから学芸員。
そうやって大事にされてきたものを扱えるから。
そういう怪しげな雑貨や本を自分で集めるのも好き。
どうしても必要なわけではないけれど形が良く、見ているだけで飽きない砂時計、
鉱石、
怪しげな本、
くるんとした形が好みなキャンドルスタンド、
陶器の置物、
オルゴール、
日常的には使い辛そうな時計、
虹製造器、
星座投影器・・・などなど。
そしてどんどん怪しげになっていく自分の部屋。
 
・・・・まぁいっか。
 
 

こころのいろ

シジュウカラの群れを見つけた。
鳴き交わしながら枝から枝へ次々と飛び移る。
綺麗な模様。
身軽な鳥だ。
枝に逆さに留まったり楽しそうに飛び交う。
 
木の間から見える空が青い。
うすぼんやりした空じゃなく、すっきりした蒼。
 
小さい頃からサルが出るような山で育ったせいか、広い空はどうも落ち着かない。
時々はスッキリするけれど、海と空の境目なんか見ていると心がざわざわする。
 
鳥から見てもとろそうに見えるのか、私自身に危害を加える気が全くないせいなのか、
それともこれも山で育った故の性質なのか、
昔から野生動物の近くにいてもあまり気にされない。
鳥肉(ニワトリさん限定)、大好きなのだけれど。(笑)
 
 
最近ふと、
『エクリトワールの蝶』ってお話しを思い出す。
お話自体は・・・とんでもない展開で飲み込み辛くて、あまり納得できるものではなかったのだけれど。
ひとつだけ心に留めている、素敵だなってシーンがあって。
 
光の三原色って知っているでしょうか?
3色の光が混ざると、透明になるんです。
 
人の心の色はそれぞれ違っていて、それは生きていくうちにその人らしく染まっていく。
透明無垢なままでいられることなんてないのだけれど、
たくさんの心があつまって、たくさんの色が合わさったとき、それは透明よりも綺麗な色になる。
 
ステンドグラスみたいだ。
 
色は混ざってしまったら真っ黒になるけれど
心は光なんだって。
だから、混ざれば混ざるほど綺麗になる。
 
一人の心では透明でも綺麗でもないかもしれない。
でも、人は人と関わることで綺麗な光を生み出せる。
だから、私はここにいる。
たくさんの人に会うために。
たくさんの人と調和するために。
 
透明で綺麗でいることは無理でも。できる限り穏やかで暖かい光を灯せばいい。
 
辛いことがあっても、少し休んでたくさん迷って、たくさんたくさん泣いたらまた歩き出す。
涙が止まらないのなら、いっそ海を作ってしまったらいい。
道が沈んでしまったのなら船を浮かべて、もっと自由にどこだって行けばいい。
いくら傷だらけになっても、きっと大丈夫と笑って。
私の心、どうか消えないで。
私が私であることを許さない相手に決して負けないで。
私は人に甘すぎる。
人によってはとても都合のいい人格だ。
それがわかっていても、知らないふりをしてとことん相手に付き合ってしまう。
見捨てるなんて考えもしない。
そのくせ何もできないことが悔しくて悲しくて。すぐに傷だらけになってしまう。
それでも、そんなものに縛られて消えてしまうことだけはないように。
できるだけ柔らかく暖かく。
私らしい色を灯して人と関わることができたら、きっと一人よりも綺麗な色ができるから。

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