『夏目友人帳』の夏目の言っていること、思っていることが分かりすぎる。
どんなに悲しかったか。
どんなに嬉しかったか。
どんなに守りたかったか。
私もうまく関われずに壊してしまったものがいくつあるかわからないくらいだけれど。
大掃除中。
アルバムを見ていて思う。
今の私の穏やかな性質は、高校のときの部活の友人たちに貰ったものだと。
それ以前は今みたいにちゃんと笑ったことがなかった。
心の中に何もなかった。
それ以前に記憶したことにあまり感情がない。
あるのは時々見たものとその時の感覚、わずかな不安と孤独感。
人を傷つけたくなかった。
誰も傷付けないように一人でいようと思っていた。
私がいなくて平穏が保たれるのならそのほうがいいと思った。
自分のせいで壊したくはない。
自分にはどこにも場所はなくても。誰も待っていなくても、それでも。
自分さえ居なければそれで済むのなら。
その場所も誰も悪くない。本来いてはいけない自分が居るのが悪いのだと。
だから。
でも
帰りたい場所ができた。
居てもいいんだと思える場所が。
たぶん、この場所だけは譲れない。
いなくなることじゃなく、ちゃんといて何かすることで守りたい。
壊さないように離れるんじゃなく、ちゃんと手を差し出して掴んで守るんだ。
そうやって人と関わるようになって、自分に関わる暖かい輪がどんどん広がっていった。
縁というのはよくできているもので、
輪が広がるたび、呼び寄せるように優しいものに触れる機会が多くなっていった。
今では大切なものが多過ぎるくらいだ。
それはまだ友人に対してだけだけれど、
違う意味で居場所を空けていてくれる人がいて、そこに居たいと思える場所ができたら。
ちゃんと全部話すことができる人が見つかったら。
いつか。
まだそれは想像もできない。
少し怖い。
だから今はまだ、友人と呼べる人、呼ばせてくれる人を大切に。
私はその暖かい友人たちに見合うような人物にならなくちゃいけない。
消えるんじゃなく、ちゃんと関わって生きていく。
時々はそうじゃないこともあるけれど。
卑屈じゃなくちゃんと見て考えて、
本当にいない方がいいのだろうって、そこから消えることもあるけれど。
まだ折れないでいられる。
そこから自分は消えても、嘘だとしても、辛いことの方が多かったとしても、
貰った暖かさは消えずに持っている。
これは自分の解釈でどうにでもなるものだから。嘘でも幻でもない。
まだ負けない。
きっと大丈夫だ。
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