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下の娘は今、社会科で市民革命の時代を勉強しているようです。先日、啓蒙思想や社会契約説、産業革命に至る流れについて質問されました。
そういうきっかけもあって、「社会思想の歴史」生松敬三という本を読みました。
主題はヘーゲル、マルクス、ウェーバーの思想です。とりあえずウェーバーの資本主義観について、自分なりにノートにまとめてみました。 ウェーバーによれば、「資本主義はまさにこの非合理的な欲望の抑制、少なくともその合理的規制と同一のものでありうる。」
つまり、資本主義の眼目は経済的合理主義に基づく資本(生産手段)と自由な労働の合理的組織化にある。合理的組織化の中には、家計(私)と経営(公)の分離も重要な位置を占める。
そして、この合理主義の基礎となったのが、先に挙げた非合理的な欲望の抑制であるが、この根源がウェーバーによれば、資本主義萌芽期のプロテスタンティズム(カルヴィニズム)の禁欲主義ということになる。その禁欲主義により、利得の私的な浪費が抑制され、それにより発生する余剰は再投資されることとなり、資本の蓄積に繋がった。
しかし、巨大な利得は次第に人間の欲望を肥大化させた。さらに18世紀の啓蒙の時代になると、宗教的熱誠(或いは狂信)は理性に取って代わられることとなる。そうなると資本主義の精神から宗教的核心が脱落し、利得のための合理主義だけが残り、全面に押し出されることとなる。
これがウェーバーが言うところの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」との関係である。つまり、資本主義の精神はプロテスタンティズムの倫理から「生まれた」のである(今はイコールではない)。
そして、宗教的核心が脱落したこの資本主義の精神が、近代社会における市民的職業倫理となった。
参考文献
「社会思想の歴史−ヘーゲル・マルクス・ウェーバー」
生松敬三 岩波現代文庫 2002(原著1969) |
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