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「南京虐殺の真実」の本
日々雑談
[ きんや ]
2018/6/27(水) 午前 10:19
「南京虐殺の真実」の本
日々雑談
[ 闇に光を ]
2017/12/15(金) 午前 5:07
「南京虐殺」という日中問題は、もともと戦争は1937年暮れから38年初頭にあり、それ以後、日中間で問題になることはなかった。しかし、1981年に朝日新聞出版がだした本多勝一の著書が創造したものだ。それを読んだ日本人が「南京で虐殺があった」と思ったことによって、始まった事件だ。
この「本多捏造事件」と呼ぶべき犯罪がなかなか打ち消されない.
1937年、中華民国軍が上海に国際条約に基づいて駐屯していた日本軍を攻撃し、第二次上海事変が起こった。戦火は拡大し、敗走する中国軍を追って日本軍が上海の近くの首都南京まで進軍し、南京を攻略したのが南京事変である。
国際条約を破って日本軍を攻撃してきたのは中国軍であり、日本軍が南京を攻撃する前に南京にいた中国一般人の人口が20万人、戦後の調査で同じ20万人だから、南京虐殺は事実ではないのは明確である。
ところが戦争が終わって36年たった時に、朝日新聞の記者の本多という男が上海に2泊三日して中国人3人にあい、その体の傷と「日本軍が中国人を殺した」という伝聞をもとにねつ造したのが「南京虐殺」である。
鬱陵島視察
日々雑談
[ 韓国に行くかも知れません ]
2017/4/9(日) 午後 7:49
1417年、李氏朝鮮の太宗は鬱陵島に「空島政策」を発令し、その後460年以上に渡って無人島となった。
日本の江戸幕府の許可を得た隠岐の漁師などが、空島となった鬱陵島へ行き海産物や竹などを採取していたが、このとき朝鮮本土より密漁に来ていた朝鮮人を見つけ日本へ連行、幕府が李氏朝鮮へ抗議する。
自国領だとする朝鮮がこれに反発。日朝間で長期間論争が続いたが、17世紀末の徳川5代将軍綱吉の時、日本から渡航させない旨を李氏朝鮮に伝え、日本の漁師達が幕府の許可を得て渡航することはなくなった(竹島一件)。
なお、この頃の日本は鬱陵島を「竹島」、現在の竹島を「松島」と呼んでいた。
李氏朝鮮は長期間無人政策をとっていたため人は住んでいなかったが、1882年国王高宗は鬱陵島検察使・李奎遠にこの島の調査を指示し空島政策を廃止、その後再び人が住み始めた。
いいね、安倍さん
日本の政治
[ vio*etm*y2*b* ]
2015/1/28(水) 午前 0:10
初めましてです(*・∀-)
ガマンできないのでコメントさせてください(´∀`*)
初コメなので失礼があったらすいません。。。(v`▽´)v
正直ここのところ落ち込んでいたのですが、BBさんのブログを読むことができて元気を取り戻せました♪(゚▽^*)ノ⌒☆
ブログって人それぞれの人生が刻まれていて、そこの喜怒哀楽に触れるだけで私は一人じゃないんだなって思えました(●´∀`●)
それを改めて気づかせてくれたのが、管理人のBBさんのブログだったんですよ(´∀`*)
koikaren@i.softbank.jp
私のメールアドレスです。無理なお願いを承知でお願いなのですが、ここのところの私の抱えてる悩みの相談に乗って貰えないでしょうか。。。
直接メールを頂けたら必ずお返事します(*・▽・*)
お時間はとらせないので宜しくお願いします。



