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4月23日にインドの宇宙基地、サティシュ・ダワン宇宙センターからイタリアの天体観測衛生「アジーレ」が搭載されていた。この成功でインドは宇宙ビジネスへ参加とのこと。打ち上げ費用は他国の8割とのこと。
インドは2008年初頭に、同国初の月探査衛星「チャンドラヤーン」を打ち上げる。衛生は月の軌道を2年間周回し、月の鉱物分布などを探るという。さらにインドは「いかなる観測機器も人の目にはかなわない」として、15年に初の自前による有人宇宙飛行を、その5年後には月着陸を実現させるという。
インドの宇宙開発は、「税金の無駄使い」とする批判との戦いの歴史でもある。医療の面でも僻地と都市病院を衛生通信で結び遠隔治療に無償で利用して成果を上げている。インド宇宙開発の父と呼ばれる故ビクラム・サラバハイ博士は「先端技術を身近な問題の解決に利用することこそ、インドが世界に貢献する道だ」とかたった。現在ではこの恩恵を受けるひとはわずかだが、「この壁を乗り越えた時、インドは真に飛躍することが出来る」としている。
翻って、日本の宇宙開発、とりわけ有人宇宙船、人間が月への往還飛行はどうなっているのか、世界的に米欧、ロシア、支那、インドなどが着々と目標を掲げて準備を進めているが、日本は淡々として遅れをとっている。
何故日本人は臆病になったのか。チャレンジをすることに対し嫌悪感を示す人たちが多い事である。冒険は危険と同時に存在し、常に表裏の関係にある。戦前の日本人はここまで臆病ではなかった。慎重と臆病は別なのである。
教育で皆同じ、とする風潮が日教組、共産主義者、進歩的文化人などによる批判に晒され萎縮している人たちが多すぎるのである。挑戦をする者こそ、先駆者なのであって失敗は教訓である。そこから新技術が生まれ、新しい視界が開けるのである。
日本も宇宙にたいし挑戦をして、自己技術を磨くことにより自国の安全をも確保することになる。
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