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心房中隔欠損孔閉塞術

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8月8日には、勤務先の長がお見舞いに来てくれました。

職場の長のお見舞いは、嬉しいですよねぇ。



とにかく仕事を任せて自分はどっしり構えるという人ではないので、

教頭と学校の交宜会のお見舞いを持って、当然のように校長が現われました。



手術前のシャンプーから1週間、はっきり言って職場の男性には会いたくありませんでした。



でも、この日に心配していた子どもが無事に海外研修に出かけられたという報告もしてくれたので、

嬉しかったです。




職場には職場の決まりがありますから。

校長が、人情があるのも分かったし、自分が順調に快復して学校に復帰することが望まれていることも実感しました。

学校に行ってやらなければいけない仕事も思い出してしまいまして・・・。



でも、退院しなければいけない。

職場復帰しなきゃという気持ちになれことはこの日以降の順調な快復には励みになったと思っています。

手術から5日目

心房中隔欠損孔閉塞術から5日。

手術後の熱を下げる薬で、体がちょっと元気になってきました。


妹が両親を連れて来てくれました。

ママ友が2人でお見舞いに来てくれました。

ちょっと元気になったもんだから、いい気になり過ぎでした。

おしゃべりして、笑って楽しかったのですが、

みんなが帰ったらなんだか疲れがでてしまったようで、頭痛がしてきました。

午前中は検査があって、午後から家族、友だちとはしゃいだから・・・。



夜夫が来たときには、落ち込んでいたので口もきく気になれませんでした。



夜には江原啓之のテレビ番組を観て、この世に未練を残して逝った人の言葉なるものを江原さんが

遺族に伝えてあげてました。

遺族と一緒に泣きながら、あぁ私は私の関わる人にこんな思いをさせないで良かったと思いました。

もし、この手術で生きて返ってこられなかったら、子ども達の自立まで見届けてあげられなかったことが

どれほど悔やまれたことだろうと思いましたね。

手術から4日目。

昨年の手術後に熱が下がらないことで、体力消耗しました。


熱が出ると頭が痛くなってしまって、心細くなっちゃうんですよね。


100メートルを看護士さんに付き添ってもらって、午前と午後に歩くリハビリをしました。

歩き終わると、ハァハァ肩で呼吸をしてしまいました。

手術前には考えられなかったことだけに、ショックでした。

数日足をつかわなかっただけで、膝から下は鳥ガラのように筋肉がそげてしまって、

情けなくなりました。

こんなことじゃいつになっても、治らないんじゃないかな?

熱も薬の力で下げているので、薬を止めたらまた上がってしまうのだろうし・・・。


病棟の中で40代の私は子どものように若いと思われてしまっています。

周囲が70代以上ですからね。

看護士さん達も「まだまだ若いんだから」と言って励ましてくれるのですが、

高齢者と同じようにケアしてもらえていないように感じました。


おかゆと、野菜のおひたしの食事も、食欲出ない。

手術には、胃に物凄いストレスを与えているので、退院するまでずっとおかゆでした。


食欲このままだったら、今頃まだ痩せていたのになぁ。

手術から3日目

19年8月2日に手術をして、

昨年の今日は手術の3日後でした。



2日目に、個室に戻れて、夕方には立つ練習がクリアできたので、

念願のおしっこの管が取れました。

酸素吸入が無くなって、おしっこの管が無くなって、少しづつ身軽になってきました。


2日目の立つ練習の後もおしっこの管はとれても、ナースを呼ばないと部屋のポータブルにも座れませんでした。

立ちくらみが起きてしまって転倒してはいけないのだから、仕方ないことなんですけど。

とにかくナースは忙しく働いているので、尿意を感じても直ぐにナースを呼ぶには気が引けました。

だから、3日目に午前と午後に歩く練習をして、一人で部屋のおトイレにいけるようになったのがなによりも嬉しかったです。



痛くて痛くて何度もすがるような気持ちで座薬をいれてもらったときは意識がもうろうとしていたので、

恥ずかしいなんて思いもしなかったけれど、

ナースを呼んでポータブルですませる間そばにいてもらってベットに戻るまで付き添ってもらうのは、

恥ずかしかったです。

慣れた心臓血管外科のナースだけでなくて、同じ病棟の泌尿器科や循環器内科のナースが来てくれることもあったし。



今思い出してみて、もう2度とあんなことは経験したくないと思います。

心不全にならずに、孔を塞いでもらえたのだからそれだけで感謝しなければいけないのでしょうけど。

もっと重い病気と闘っている方からしたら、甘いんでしょうけど。

手術から2日

昨年の8月2日に手術して、8月3日11時ICUから出られました。

2007年8月4日は土曜日でした。

夫が息子を連れてきました。

まだたくさんの管につながっていたので、

息子は神妙な顔つきでした。

間もなく娘を連れて妹が来てくれました。

両親と娘を連れてきてくれた妹は、弟を6月に亡くして、姉がいなくなったらと不安な顔でした。



沢山の管につながっているけど、笑っていた私に、

息子も夫も父も母も娘も妹も一安心して帰りました。

夫が「昨日は悲惨な顔してたんですよ。今日は随分良くなってます」と皆に説明してました。

まだ、気を許すと痛くて顔をゆがんでしまいそうでしたけど、

皆に心配かけたくなくて、気丈に振舞ってました。



皆が帰ってまた、熱にうなされて、熱を下げる薬を出してもらいました。



私は熱に弱いようで、熱が出ると頭が痛くなってしまって、辛かったので、

熱で体力が落ちるよりは熱を下げる薬で体力の回復を試そうということになりました。

執刀医ではない、私の苦手な心臓血管外科部長の判断でした。

でも、この薬のお陰で、おかゆだけど、食事も美味しくいただけるようになって、順調に回復していきました。

酸素吸入は無くなりました。

まだ、おトイレには自力でいけませんでした。



今年は埼玉で高校総体が開かれていて、夫も忙しくしています。

昨年の手術が偶然でなく、必然だったのかなぁ?と思います。

受験生の息子には迷惑だったでしょうけど、

浪人生の息子にはもう後がないわけで、今年手術だったら本当に迷惑でした。

偶然にも昨年の3月に孔が見つかり、手術を受けられたことは良かったことなんです。

もし手術を延ばしていたら心不全を起こしていたかもしれないし・・・。


今日、こうして夫の留守を守れていること、息子の予備校通いの面倒をみられていること、娘の保育士試

験の心配ができていること、妹一家のハワイからの帰国を心配していられること・・・全てが幸せなこと

です。


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