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今日は父の日
こんな日は亡くなった父を思い出す。
私は、働く父の背中しか知らない。
夜中までひらすら私達のために働いていた。
食事もろくにとった姿も思い出せない。
父には、叱られたことも、ほめられたこともない。
ただ働いていた。
私は三姉妹の長女であるせいか・・・
家柄を守るためか・・・
とにかく習字、ピアノ、英語、・・・
その他もろもろ、家庭教師を三人もつけられ社会的に恥のない人間に育てるため、
スケジュールにおわれる毎日を送っていた。
私は友達と遊ぶ時間がなく寂しくて、
自由な時間が欲しいと両親に泣いて、許してもらおうとした。
でも、父は何も口にしなかった。
私が高校3年になり、
婚約者も決まっていると聴いたときはショックで家を飛び出してしまった。
私が結婚を決めた時に、私達家族が父の戸籍に入っていなかった事を
初めて知った。
もう一つの家庭があると母が呟いた。
その時は、父を許すことが出来ず、すごく父を責めた。
その時、初めて父が「すまなかった」と泣いた事だけは思い出す。
でも、もう一つの家庭があっても、父は私達の家にずっといてくれた。
家に帰れば、父の働いている姿があった。
だから、どんな事情があろうと、私たちの所にいてくれた父を今は感謝している。
父が認知症になり、私の顔も解らなくなってしまった時、
私に「どこのお姉さんか知りませんが、
あけみは今、お風呂に入っていますからいないんです」と、
私の名前を口にしてくれた事はすごく嬉しかった。
父には旅行に連れて行くことも、何もしてあげれなかった。
でも、私と共に一緒にいてくれて、育ててくれた事に感謝します。
天国のお父さん、私の声が聞こえますか?
「お父さん、本当にありがとう。いつか又、あってお父さんと話をしたい。
今はまだ会えないけど、大好きなお酒を一緒に飲みながら、思い出話をしたいよ」
たった一枚父に抱いている写真がみつかった。
父のスクーターで遊ぶのが大好きだった。
懐かしい・・・
セピア色の写真です。
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幸せでしたね
2015/6/21(日) 午後 3:17 [ 秘境の別荘暮らし ]
あけみさんありがとうございます
父の日でした
父は91歳で右目は緑内障で失明していますが元気です
すぐに電話しました
生きていると会話短いです
「からだ大切にな」「お父さんも」
おわり
2015/6/21(日) 午後 6:26
おはようございます。
私は、20歳の時に亡くなったので、想い出しながら読みました。
天国からおとうさんが見守っていますから、生きてい行きましょうねナイス!お受け取りください!
2015/6/22(月) 午前 7:02