胸郭出口症候群

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時々、胸郭出口症候群の質問がくるので、
 
日記にしておきます。
 
H23年に人工髄液をして、体調が回復した頃、
 
胸に鉄板が入り、痛みが強く呼吸するのも苦しく・・・
 
又、左腕も上がらず、洗濯するのも苦痛、とにかく左腕を使ってする事ができない事に気が付きました。
 
それまでもあった症状なのですが、脳脊髄液減少症の痛みが強く、それが原因で、こうなっていると諦めていました。
 
でも下記の日記にもありますが、レントゲン撮影をして開いてみないと解らない状態でした。
 
あけてみれば癒着がひどい状況でした。
 
手術した直後から胸に入っていた鉄板はとれて、すっきり・・・
 
左上肢も徐々に回復しました。
 
今では左腕もスイスイ動きます。
 
手術をした時の痛みを10としてたとえれば・・・
 
今は0です。
 
後遺症もなく、もう終わった過去の病気です。
 
痛みを抱えて何年もいきるのは嫌です。
 
手術に悔いなし!!!
 
もし悩んでいる方があれば、私は勧めてしまいます。
 
この手術を出来る病院も少ないと聴きました。
 
私は熱海で篠永先生にして頂きましたが、傷跡もなく感謝しております。
 
 
 
※明日、初めて一人で東京の議員会館に行きます。
 
すっごく緊張しています。
新幹線は脳脊になり2度目の乗車!!!
でもこんな長距離は初めて・・・
いつもは寝ている時間に起き、朝、起きて東京乗換や、トンネル超える時大丈夫か…不安だらけ。
倒れてしまわないかな〜〜〜
 
 
でも、仲間が東京で心配して待っていてくれます。
 
ついでに家中大騒ぎ!!!
 
でも患者の辛い現状を一生懸命訴えてきたいと思います。
見守っていて下さいませ。。。
 
神様、どうぞ私を無事東京まで届けて下さい
 
 
 
架け橋は会費無料でみなさんとの交流を大切にしております。
 
皆さんで、今回のように議員さんに会い、現状、問題点、等訴える事が出来ます。
皆さんもできれば、一緒に活動しませんか?
メールが届きますので、現状も把握できると思います。
入会はこちらからです。
負担はありませんので気軽にお入り下さると嬉しいです。
 
     脳脊髄液減少症全国ネットワーク架け橋 静岡県代表 小澤明美
 
 
 

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2004年、2月に病で、倒れてしまった時、


私は、今まで生きがいだった

看護師、ケアマネージャーの仕事も不能と診断された。

意識が戻った時、雪の中から咲いているすみれを見て

沢山の涙を沢山流す私がいた。。。

すみれに何かを教えてもらった様な気がしていた。。。


 私は、今まで、辛い事があっても仕事が大好きだったから、

仕事をする事により、患者さんや、スタッフに救われてきた。

だから、今までの仕事が出来ないという事は、

私の生きがいがなくなる事も同じだった。

本当にどん底に落ちて、苦しくて苦しくて、

私は、、アルコール、睡眠薬をを沢山飲み、

手首を切ってしまった。
(勇気をだして書き込みしてしまった)

でも、又、助かってしまった。

しばらく私は死人同然…生きる力がなくなっていた。。。


その時に、夢に向かう事の大切さを教えてくれた人がいた。

そして・・・「花になるんだ!!!」と…

花は、綺麗に咲く前に、暗い土の中にいて、

本当に苦しい時を超え咲くんだ!!!


そして花は、何も語らなくても人を癒す…

「だから花にるんだ・・・」そう教えてくれた。

夢に向かう…夢に向かうとは、そんなに素敵な事なんだろうか?と呆然として考えていた。


でも、呆然とした日々を送り、花を見続け、

この体で私に出来る夢が浮かんできた。

そう・・・私が出来る小さな施設・・・

病んだ方が心を癒せる施設を創る事だった。。。


今も楽な事ばかりじゃない。

死を選ぶ事は、現実から逃げる事で、楽なんだ!!!


私は、今は夢にむかうために生きる。

生きてみせる!!!

そう心に決めた私がいました。。。


生きるって死を選ぶ事より大変な事だと思う私です。。。



今、出来た施設は、心が疲れた時、そっと側にいたら幸せ・・・

そして小さくとも、力強い花でありたい・・・

そう思いをこめた施設名・・・

「野に咲くすみれ」です・・・

そうありたい私の願いです。



今、山の施設の周りには、

永い、寒い冬を超え咲いたすみれで一杯です。

幸せです。

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昨日で私は自分の会社を創り、3年経ちました。

そして私の半生の夢だった施設を経て、半年になりました。。。


交通事故で左半身麻痺になり、職も失い、生きていく気力も失い、

自傷もしてしまい、

どん底の中に、暫くいた。。。

どう生きていっていいのか判らなかった。。。

暫く生きていくための光が見えなかった。。。


そんな時、「お前は亡くなった子がいるか?寂しいか?」と聞かれた。

忘れていた涙が溢れてきた。。。

私は涙とは無関係の人間だったと思った。

本当に沢山、沢山の涙を流しました。。。



涙が枯れた頃・・・

「花になれ!!!」と言ってくれる人がいた。

私にはよく判らなかった。。。

花は綺麗・・・でも、あんな綺麗な花と私は無関係・・・

そんな気持ちで施設を探したい春野に花の種を蒔きだした。。。

泣きながら沢山、沢山、蒔きました。。。

何日かして、花の芽が出てきた。。。

暗い、暗い土の中から緑色の値を出してきた。。。

花を咲かせる前の緑色の芽が眩しい・・・

そして、また呆然として花を育てていった。。。

全てが育つのではない。。。

蔓に負けて、枯れてしまう花も多々だった。。。

また、生きる望みを失いかけていた私に・・・

「お前には花の気持ちが判らない!!!」と叱られた。。。

それから、暫くして花が咲いた時、花が愛おしかった。。。

暗い、暗い時期を越えて咲いた花は輝いていた。。。

そして、花の気持ちが判ったら夢にむかうんだ!!!と、

言ってくれた。。。


でも、私は、こんな体。。。

何も出来ない。。。

でも、やり遂げたい夢があった。。。

マザーテレサのDVDをみて何度も泣いた。。。

あの強さが欲しい。。。

自然と夢に向いだす私がいた。。。


私はマザーテレサみたいに偉大ではないけれど、

こんな体でもやっていける事を始めたい。。。

それが、今の施設を設立する事だった。。。

それからの私は、また、楽ではなかった、

知識もお金もない私に何が出来るのだろう・・・

でも、夢に向っていくうちに、少しずつ、少しずつ、

私に理解してくれる人達が集まってくれた。


沢山、沢山の苦労があったけれど、

地元の方、沢山の友や家族・・・徐々に理解してくれるようになった。

そして、私は3年前に誰にも迷惑を掛けない、

一人の会社(独立ケアマネ)を創った。

そして、またまた苦労は続いたけれど、

何とか、春野に夢の施設を建てる事ができました。

夢は夢にしてしまうままの方が多いけど、

夢を持ち、進む事は生きる力にもなります。


私は、こんなおっちょこちょいで、頼りない、

ドジな私を支えてきてくれた

沢山の皆さんに、沢山の沢山のありがとうを伝えたいです。

本当にありがとうございます。

いつまでも、いつまでも、宜しくお願いします。


※「花になれ」と言ってくれた宇宙塵さん・・・命をありがとう・・・

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貴方が介護に疲れたとき、
心の片隅に私がいられたら幸せです。

あったらいいね。
こんなところ・・・

そんな思いが集まって

『みんなの家・野に咲くすみれ』が誕生しました。


みんなの家では、ご利用者様とご家族の希望を取り入れながら
住み慣れた春野で、そして、小規模ならではの家庭的
な憩いの場、ふれあいの場を提供していきます。

介護保険外の泊まりもやっております。
どなたでも泊まれます。

皆様、家族や、友達・・・ステキな景色の中でゆっくりとして下さい。

静岡県浜松市春野町気田に
皆さんの力をお借りしてやっとで開設できました。

末永くお願いいたします。

職員→・音楽大好き、音楽療法が凄い!!!ま〜くん、
       ブログのチャボです・・・
      (そのうち又、アフリカに行ってしまうそう                    で不安。暫く春野にいて欲しい〜〜〜)
   ・決め細やかで、本当に施設の宝のゆきちゃん・・
     (ゆきちゃんがいてくれて私は幸せだ〜)
   ・お料理、介護・話題性抜群のきょうこ姉さん・・・
     (施設が出来るまでの苦しい時もいつも相談                          にのってくれました。)     ・送迎、介護、料理なんでもOKの圭介兄さん
      (認知症の介護等、本当に素晴らしい。
          まだ見えない才能をかくしているね。。。)
   ・利用者になりたいあけみさん
   (マジで利用者になった方がいい天然ぼけが凄い。
              あけみさんの介護は利用者さんです)
     又施設のブログはhttp://blogs.yahoo.co.jp/minnnanoienonisakusumire/MYBLOG/guest.html で紹介しております。

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私の施設を待っていてくれる利用者の京子お母さんが、
癌の悪化で、又、抗癌剤投与のために入院する。
髪の毛も沢山抜けてしまった。

悔いなく旅立つために、一つずつ願いを叶えてあげたくて、私なりに一生懸命だった。

念願の映画にも連れていってあげれない。
あとは一泊旅行・・・

何とか叶えてあげたい。神様、時間を下さい。。。。2005年9.9


たった一人の息子さんが亡くなり、夫婦二人暮らしだった京子お母さん。。。

全盲の夫を気遣い、私にご主人の生活全ての事をすべて教えてくれた。

「お父さんを残し、死ねないよ。
あなたの施設ができるまで私は死ねない。
どこまで進んだ?私も一緒に、土地を探すから頑張るんだよ!!!」と電話を、よくくれたね。。。

でも、癌が悪化し亡くなってしまった。
施設をみせてあげれなくてごめんね。
本当にごめんね。。。

でもね、京子母さんが楽しみにしていてくれた施設が、やっとできたよ。。。

そして、大切にしていた絵を私にくれた。

その絵がやっとで施設に飾れたよ。。。

そして、ご主人を、来週施設に連れていくよ〜

天国にこの気持ちが届くかな???

京子母さん、いつまでも天国からみていて下さい

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