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鎮海(진해: チネ)で画像検索すると、画面は一面の桜の画像で覆われます。 ソウルから列車で三時間半、毎年四月には軍港祭が催され、辻々が満開の桜につつまれるこの街は日本軍が作りました。 画像に見られるように中原広場を中心に放射状に設計された街で、朝鮮半島でこうした構造をもつ街は他にはありません。そしてその外観から鎮海は日本軍が旭日旗をまねて作った街だという議論が韓国国内で盛んです。(プレミアム朝鮮日報) とりわけ2007年に広場から噴水や時計台を撤去してからは、空から見た画像が旭日旗そのままだというのです。こうしたことから市民団体は広場の中心に高い塔を建てて太極旗を掲揚しようなどと主張しています。 放射状構造は近世に入ってからパリを筆頭にヨーロッパで多く採用されました。古くはローマ時代にも見られますが、都市のデザインとしては当時、モダンなものだったのでしょう。当たり前ながら旭日旗を模したという説はあたりません。 日本は中国にもこうした構造の街をいくつか作り、その代表的なもの、瀋陽の中山広場では戦後、中心部に日本軍が設けた日露戦争戦勝記念碑を打ち壊し、毛沢東の像が建てられました。 日本軍は鎮海を軍港都市として景観を整えるため、梅や桃、そして桜を大量に植え、街を彩りました。 敗戦後、桜は日本軍をイメージさせるものだとして大半が伐採されましたが、
桜の原産地が済州島だとする説が紹介されたことから、大規模な植樹運動が展開され、現在に至っています。
中国では放射状の真ん中に戦勝碑を建てた日本軍でしたが、鎮海では真ん中に樹齢数百年という大きな榎(えのき)がありました。 それは先祖代々韓国人が祀っていたご神木でした。
大榎は伐採された桜の後を追うように
朝鮮戦争前、枯れました。
世界の見解(感情)
霊的に生まれ変われ=一度死滅絶滅しなさい。
日本の施政者
先人の賢者に唾吐く
現在の施政者
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