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久しぶりの更新です。 秩父郡小鹿野町にある常木山十輪時と言うお寺さんです。 真言宗智山派のお寺さんです。 山門です。 ん?。おてららいぶ?。何のことでしょう? 詳しくは独り言のほうで・・・。 阿吽の仁王様がいらっしゃります。 ご〜〜〜ん! 立派な鐘楼があります。 ご本尊十一面観音菩薩様です。 十三仏像と金剛力士が文化財に指定されています。 六地蔵です。おそろいの帽子と涎掛けがかわいいですね。 本堂です。 |
社寺仏閣
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芝桜の丘シリーズ第3弾 羊山公園の社寺仏閣。 芝桜の丘に向かう途中目に付く真紅の鳥居。 稲荷大明神のお社です。 お社の隣は公園になっていて、子供たちのアスレチック遊具がありました。 お狐様が子供にお乳をあげているのでしょうか?。 ちょっと痛んでいます。年代を感じますね。 山の神様、大山衹神です。 お社のそばにある思いやりの木です。 二本の木が寄り添ってお互い相手を思いやっているほほえましい木ですね。 羊山公園の下にある秩父成田山です。 手水舎でしょうか?。水掛不動様です。 鐘楼塔です 本堂に向かうトロッコです。荷物運搬に使われてるようです。 本堂です。ご本尊は不動明王様です。 |
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坂東三十三札所第十六番 五徳山 水澤寺 (水沢観音) 天台宗 群馬県北群馬郡伊香保町水沢214-1 ご本尊 千手観世音菩薩 (伊香保姫ご持物) 秘仏 開基 恵灌僧正 創立 推古天皇の朝 ご詠歌 たのみくる 心も清き 水沢の 深き願いを うるぞうれしき 公式HP 階段を上がると仁王門があり、仁王尊 (阿形・吽形)が祀られています。 仁王尊の後ろには風神・雷神も祀られていました。 風神です。 雷神です。 ご本堂です。 六角堂です。 六地蔵尊がいらっしゃいます。この地蔵尊を左回りに三回廻して真心の供養を望みます。 飯縄大権現様です。 古くから鎮守しております。 参拝も終えて、有名な水沢うどんを食べて帰りました。
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関東でも有名なパワースポットと言う事なので、パワーの充電に行ってきました。 歴史を感じさせる古刹でした。 御祭神 火産霊神(ほむすびのかみ) 埴山毘売神(はにやまひめのかみ) を主祭神として、明治以降 大山衹神(おおやまずみのかみ) 御沼神(みぬまのおかみのかみ) 大物主神(おおものぬしのかみ) 木花咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ) を合祀し、「天下泰平、国家安穏、鎮火、開運、家内安全、五穀豊饒、商売繁昌、縁結び、安産守護の神」として厚い崇敬を受けております。 近年 主神、火の神様、土の神様の御神徳を仰ぎ土木、電力、電気、通信機器、陶器、焼き物の関係者の守護神としての信仰も格別なものがあります。 延喜式 延長5年(927年)に完成したこの記録には、全国の主要な神社名を書きあげた『神名帳』があり、その中に上野国十二社の群馬郡小社として榛名神社は位置づけられています。この記録に登載された神社は「式内社」と呼ばれ、格式の高い神社と考えられています。これが榛名神社が歴史書の中で取り上げられた最初だといわれています。したがって、この時すでに「式内社」といわれるほどの神社に榛名神社は成長していたことがわかります。 その他十世紀から十二世紀にかけて著された『三宝絵詞』『上野国交替実録帳』『僧妙達蘇生注記』などからも当時の榛名神社の様子がうかがえます。 近年、榛名神社境内で小金銅仏(地蔵菩薩立像)、寛平大宝(皇朝十二銭の一つ)、錫杖頭部、鉄釘、鉄鏃、甕、坏などの破片(土師器、須恵器など)等の遺物が採集され、建物の礎石も確認されたことから、この遺跡は寺院跡であると考えられています。土器片には九世紀のものも含まれていますので、遺跡もその頃のものと考えられます。 中世の榛名神社の動向は榛名山邨誌と頼印大僧正行状絵詞の両書によって知ることができます。記録によれば、快良が承元四年(1210年)初代座主になり、以来、関白道長の子孫が代々受け継いだと記されています。座主が一山を支配していたのです。そして、南北朝の動乱に連動した榛名山座主職をめぐる抗争により頼印が応安四年(1371年)座主になっています。頼印以降の支配者は、現存する中世文書によるものと思われ、支配者というよりはむしろ支援者と考えられます。戦国時代には座主職も置かれず、衰微の一途をたどっていたようです。 近世に入り天海僧正の手により榛名山は復興されたといわれています。慶長十九年(1614年)「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」が出され、以降、寛永寺の支配を受けるようになり、寛永寺末の中里見光明寺が学頭、榛名山満行院が別当に任命されました。後には両職とも光明寺が兼務となり、榛名山光明寺などと書かれることもありました。 < 神仏分離と榛名神社(近代) > 慶応四年(1868年)三月、神仏分離令が出され、同年五月東山道鎮撫総督から鎮撫軍に恭順するよう促す通達を受けて、榛名神社の神仏分離の動きがあわただしくなります。七月には別当や衆徒五ヶ院を除く御師だけの集会が頻繁にもたれて、その善後策が話し合われ、八月晦日に堂塔、仏像、仏具の取り片付けの言い渡しが岩鼻役所からあり、九月四日光明寺立ち会いのもとに什物等の受け渡しが行われ、榛名神社として復活することになりました。 明治三年(1870年)五月十日、岩鼻県から神仏分離取締に任命された新居守村が赴任して、仏教的なものをすべて破壊するよう指導し、実行させました。このとき、榛名神社から仏教色は一掃されたといわれています。現存している三重塔も守村は壊すと書いていますが、残されました。 HPより では、神社までご案内いたします。 七福神がお出迎えします。 鳥居です。 随神橋と随神門です。 毘沙門天様です。 毘沙門天は国家鎮護の神さまで財産を授ける福神ともされています。 HPより 寿老人です。 寿老人は長寿の神さまです。 布袋様です。 布袋は円満の神さまです。こちらの像は布袋の上に立っています。 福禄寿です。 福禄寿は福徳財運の神さまです。 恵比寿様です。 恵比須は農村では田の神、漁村では大漁の神さまです。鯛を釣ったところです。 三重塔です。神仏習合の名残です。 弁才天です。 弁才天は音楽・弁舌・知恵の神さまで、天女の姿で琵琶を持っています。 瓶子滝です。 瓶子滝は、滝の両側の岩が神酒を入れる器(瓶子:みすず)に見えることから呼ばれています。 神幸殿です。 神幸殿では5月8日に本殿より神輿が渡御し、15日に還御されるまでの期間開かれ、参拝できます。 大黒天です。 大黒天は農産・商業福徳の神さまです。打出の小槌を持って福袋を担いで米俵の上に立っています。 双龍門は、龍の彫刻や水墨画が描かれていることから双龍門と呼ばれています。 左の岩は鉾岩(ほこいわ)・別名ローソク岩とも呼ばれています。 こちらは本殿です。 背後に聳える御姿岩にご神体をお祀りし、接続して権現造の社殿が建てられています。さらに国祖殿、 額殿、神楽殿、縁結びの杵築社が祀られてます。 |
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4月17日高尾山に行ってきました。 前日の16日は関東地方も季節はずれの大雪。どうなることかと思いましたが出かけました。 高尾山薬王院 正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は今から1260余年前の天平16年(744)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基菩薩により開山されました。薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来します。現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られております。 南北朝時代の永和年間(1375)には京都醍醐山より俊源大徳が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、今のご本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」を奉祀し中興されました。戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、また北条家の手厚い保護も受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえます。 古来、高尾山は修験道のお山といわれております。修験道を修める人のことを山に臥し野に臥しながら修行することから「山伏」と呼ぶようになりました。高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の道場として、一般の方にも門戸を開いております。 御本尊 飯縄大権現様 高尾山薬王院の御本尊飯縄大権現(いづなだいごんげん)は、不動明王の仮の姿として衆生を救済する徳を備えた仏神ですが、本地の不動明王のほか、迦楼羅天、荼吉尼天、歓喜天、宇賀神と弁財天の五相合体をしたお姿とされています。つまり、諸悪を根絶するため、忿怒の相を表した不動明王、くちばしと両翼を持ち、自在に飛行して衆生救済を施す迦楼羅天、衆生に富貴を授け疾病を除き、夫婦和合の徳を施す心を持った歓喜天、白狐に乗り、先を見通す力を授ける荼吉尼天、さらに、五穀豊穣、商売繁盛、福寿円満、などを授ける宇賀神と弁財天のそれぞれの相を合わせ持った御本尊様なのでございます。 高尾山薬王院公式HPより引用させていただきました。 公式HP では、薬王院に向かって出発です。 ちょっと、楽をしようとケーブルカーに乗りました。 ケーブルカーを降りたら雪景色。 周りの人はコートや、ジャンバーの冬支度。私は車の中にジャンバーを置いてきてしまい、 カーディガン1枚の軽装。寒いけど一生懸命歩けば暑くなる修行のつもり。 浄心門です。 高尾山略記です。 仏舎利塔の前の飯縄大権現様と天狗様たちです。 縄が張られ立ち入り禁止になっていました。修行場のようです。 四天王門です。 門の前後左右に四天王様がいらっしゃいました。 大天狗様、烏天狗様です。 仁王門です。 ご本堂です。御護摩修行をしてきました。迫力がありました。 ご本尊飯縄大権現様を拝見しました。不動明王様の化身だけあって 厳しいお顔をされていました。 愛染堂です。 愛染明王様が縁結びをなさっていました。 聖天堂です。 和合歓喜天様 大師堂です。 ご本社です。 奥の院です。 桜の花が散りかけて、足元は雪化粧。 とても、4月中旬の季節とは思えません。 富士浅間社です。 山頂へ向かう途中に出会った雪だるま君です。 山頂の桜も散りかけていました。 桜散る 足元白く 雪化粧 |


