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西求女塚古墳(にしもとめづか)は、神戸市灘区都通3丁目にあります。阪神電車西灘駅より歩いて5分くらいで行けます。
西求女塚古墳は、従来は前方後円墳と考えられていましたが、発掘調査の結果、古墳時代前期の古墳では最大級の前方後方墳(四角い方墳が二つ繋がった形)であることがわかったそうです。
大きさは全長97メートル程で、竪穴式石室から中国製の剣・刀・槍などが出土しており、石室の石材は地元産のものだけはでなく、阿波や紀伊などのものも使用されているようです。
地元の土器は出土しておらず、祭祀に用いられた土師器には山陰系の特徴をもつものが出土していることから、山陰や四国・南近畿などの諸地域と深い交流をもって いたと考えられるそうです。
前方部に奈良の(一説には卑弥呼の墓ともいわれる)箸墓古墳と同じ形式を持つことから、この地方最古の古墳ではないかと考えられているそうです。
古墳の一部は公園となり、冬空の下で子供らが
遊んでいました。
2011.12.11 撮影
http://blogs.yahoo.co.jp/aki44mu/63171154.html ← 菟原処女の伝説の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/aki44mu/63173138.html ← 東求女塚古墳の記事
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三角縁神獣鏡が出ているとは、ここも邪馬台国との関連ありですか。当時は各地、どのようなネットワークで結ばれていたのでしょうね。地図のようなものとかもあったのでしょうか??
2012/1/25(水) 午前 1:24 [ gionkashiwazaki ]
gionさん#
灘百選の説明は、邪馬台国が関西にあったという説に基づいた
見解かもしれません。
2012/1/25(水) 午前 4:41