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「マニラ国際空港」という呼び名はかつての名前です。
亡命先のアメリカから帰国した1983年8月に、空港到着直後に暗殺された
ベニグノ・アキノ・上院議員(=愛称ニノイ;コラソン・アキノ元大統領の夫)を
記念して、「ニノイ・アキノ国際空港」と改称されました。
東京(成田)行きのJAL機です。
搭乗機は関西空港に向けて離陸
しました。関空までは約3時間半の飛行です。
意外と近いですネ。
マニラの高速道路、この付近は
渋滞がありません。
住宅がところ狭しと密集しています。
2011.12.22 撮影
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四方見聞録(東南アジア)
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30から〜40人ほどが乗れる船で食事をして、ジャングルの景色を見たり地元住民の歌を聴きながら、ジャングルの中を流れるロボク川をクルージングします。
フィリピン料理を食べながらのクルーズで、アドベンチャー気分ちょっぴり味わえます。上流のブサイと河口のロアイを結ぶ2コースがありますが私が乗った船は上流方面に向かいました。
乗船する船は、チョット風変わりな
格好をしています。
後部からタグボートが押して
進みます。
地元住民による歌のショーです。
ジャングルの中を上流に向かって進みます。
地元民の交通手段、運搬手段の
カヌーです。
地元民の家です。
電気は来ているようです。
ところどころに電柱がありました。
2011.12.20 撮影
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マクタン・セブ国際空港(英語:Mactan-Cebu International Airport)は、
セブ島の隣のマクタン島の中央部、ラプ・ラプ市にある国際空港です。
日本の開発援助で整備された軍民共用の空港です。
ご覧のとおり、空港のロビーには、日本の
政府開発援助により建設された旨の掲示
がありました。
いうなれば、国際空港といっても
レベルはかなり下の空港ですが、
関西空港より賑わっているように
思います。
帰国の日ですが、この日も結局
1時間遅れての出発でした。
私の搭乗機は10:50のMANILA
行きです。
2011.12.22 撮影
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パシフィックリゾートと名付けられたホテルはそこかしこにあります。
セブ島にもありました。今回利用したホテルです。
守宮や尺取虫に大歓迎されましたが、価格からすれば上々でしょう。
正面玄関です。
中に入るとすぐに受付カウンター
があります。
宿泊棟です。
廊下はありません。
ドアを開けると外(部屋)です。
見かけはとっても綺麗な
子供用のプールです。
こちらは→大人用のプールです。
遊泳している人はほとんどいません。遊泳している人の多くは韓国人でした。
プライベートビーチも併設されて
いました。
こちらは誰一人泳ぐ人はありま
せんでした。
1階の右端が我々の宿泊した
部屋です。
2011.12.19 撮影
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島には、マゼランのフィリピンへのキリスト教布教と世界一周途上での死を記念した
マゼラン記念碑が建っています。(マクタンシュライン)
その隣にはマゼラン艦隊の兵と戦ったラプ・ラプの像が建っています。
マゼランはセブ島の領主らキリスト教に改宗させスペイン王に従わせました。
しかし、ムスリムの領主(ダトゥ)ラプ・ラプはそれに従わなかったため、両者は対立して戦闘となり、マゼランは戦死しました。
フィリピン人と西洋人の最初の戦争です。このときマゼランらを撃退したラプ・ラプは後に侵略者に対する抵抗の英雄とみなされるようになったそうです。
島最大の都市ラプ・ラプ市は彼を記念して名づけられたのだそうです。
マクタン島は風光明媚で風通しがよく、一般に言う「セブ・リゾート」はここマクタン島
を指す場合が多いようです。しかし・・・・???と、私には「?」しか残っていません。
リゾート地といっても交通手段は
「バタバタ」ばかりです。
道路は舗装されているものの
穴ぼこが多く、スコールの後は
水溜りがたくさん出来ています。
とっても歩きにくいのです。
それでも、リゾート地と呼んでも
イイのでしょうか???
2011.12.22 撮影
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