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「勿来の関」は先の「白河関」と同じく奥州三古関のひとつです。
かつて関所があった勿来地区は、古くから南東北の東の玄関口としての役割を果たしてきました。県境地域には山岳地が連なり豊かな自然にも恵まれています。
「なこそ」とは、古語では「禁止」の意味を表す両接辞の『な〜そ』に、、『来(く)』(カ行変格活用)の未然形「来(こ)」が挟まれた「 な来そ ( こ ) 」に由来しています。
現代語では「来るな」という意味にあたります。
和泉式部の和歌は嫉妬心を上手く表現していると思いませんか?
関(関所)の全景です。
右側中央の馬上の武士は
源義家です。
2012.4.29 撮影
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四方見聞録=南東北
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白河の関は4世紀頃、大和朝廷が蝦夷南下を防ぐために設置されたものと
考えられています。
白河関は念珠関、勿来関とともに「奥羽三関」と呼ばれています。
現在の白河関は、寛政12年(1800年)に当時の白河藩主松平定信によって
古代の関所がどこにあったのか研究されました。定信はこの地こそ古代の
白河関であると断定し、古関蹟碑を建立しました。
どこの遺跡でも同じように、ここにも三大関所
の落書きがトイレも壁に書かれていました。
2012.4.28 撮影
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大内宿は、会津城下と下野の国(日光今市)を結ぶ32里の区間の中で会津から2番目の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町です。
昭和56年4月18日 重要伝統的建造物群に指定されました。
現在は年間を通して約120万人の観光客が訪れるようになったということです。
それ故に、農業から観光産業へと殆どの家が生業の形態をサービス業に転換し土産店または蕎麦屋等の店舗併用住宅へと様変わりをしています。
町では、この大切な宿場の景観を未来の子供たちに引き継ぐために、住民憲章の
中に「売らない・貸さない・壊さない」という3原則を盛り込み、景観の保存に町民総ぐるみで取り組んでいるようです。
快晴に恵まれて、旅のスタートは
上々です。
茅葺の家の一軒一軒が、土産物
を商っていたり、飲食物を提供し
たりする店となっています。
(南会津郡下郷町)
2012.4.28 撮影
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小豆と相性の良い十念の実をたっぷり包みこんだ手作りの大福です。
甘味はほどほど。少し油気を含むコクのある味に人気があるようです。 南会津の大内宿で売られていたました。南会津地方は下郷町をはじめ
昔から十念を栽培し、その加工品が特産品として売り出されています。
さて、十念とはエゴマを東北方言で表現したものです。
ゴマとはいえこれが胡麻の仲間ではなく紫蘇の仲間なのです。
先に掲載した「しんごろう」には味噌にすりつぶしたエゴマを混ぜた十念味噌が
塗られていました。 2012.4.28 撮影
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