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かと言って、 私はトヨタの車を乗っているわけではありません。 また熱心なトヨタファンでもありません。 しかし、日本人として世界市場で果敢に海外メーカーと戦っている日本メーカーが好きなのです。 最近、連日のように米国におけるトヨタ車のリコール問題が報道されています。 まるで日本のマスコミが日本バッシングをしているかのようで、 心苦しいところもあり、本当にマスゴミ程度だなと思われるところです。 先日、YouTubeでこんな映像を見つけました。 ご存知の方もいられると思いますが、いわゆる「テキサス親父」です。 字幕付ですのでぜひご覧下さい。 この映像を観て、私は少し憤りを感じるとともに、少し安堵しました。 確かにトヨタの車に全て非が無いとは言い切れません、 会社の隠蔽体質もぬぐいきれないのは事実だと思います。 ほとんどの会社がそうでしょう。 米国での自動車メーカー、労働組合など色んなしがらみがあると思いますが、 日本の工場で労働力を確保し、出来る限り日本生産にこだわった姿勢を評価したいと思います。 このデータを見ただけでもアメリカ車のリコールの数が断トツに目立っている。 確かにトヨタだけを攻めるのには無理がある。 大正12年に関東大震災が起こった2年後の大正14年に日本フォード社が設立、 そして遅れまじとゼネラルモーターズ社も日本支社を設立する。 当時、政府の支援を受けていた国産トラックメーカーの東京瓦斯(ガス)電気工業が 生産に乗り出しますが、技術、性能の差は歴然とありアメリカ車が市場を独占していた。 しかし、日本市場を独占していたアメリカ車に変わる、国産初の乗用車を誕生させたいと願い、 日本のある会社が自動車部を設置し開発に着手する。 その時、開発にあたり海外メーカーとの提携は禍根を残すと考え、独自開発にこだわった。 アメリカ車を分解し研究に研究を重ねて、 やっと昭和10年5月、念願の国産車試作1号車「A1型」が誕生する。 開発に乗り出してから6年目の事だった。 そして翌年の昭和11年には「A1型」を改良した国産乗用車第1号「AA型」が完成する。 これはクライスラーをモデルにした流線型のデザインで、時速100Kmまで出すことができた。 昔、まだ社名が「トヨダ」だった頃、海外メーカーとくにアメリカ車に負けじと戦いを挑んだ。 言い方を変えれば、 「自動車産業に自ら足を踏み入れた。」 自動車メーカー全てライバルである。 さらに言い方を変えれば、 「“より良い車をつくる”産業界に自ら足を踏み入れた。」 自動車メーカー全てライバルである。 その戦いは終息することはない。 ここは日本メーカーとして、 真摯に対応し、凛とした姿勢でこの問題に取り組んで欲しいと思います。 “日本の誇り” レクサス LFA |
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2010年03月01日
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