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東日本大震災による東京電力福島第1原発の放射性物質(放射能)漏れ事故を受け、
政府の指示を超えて自主避難が広がるなか、生活保護を受ける外国人が日本人との間に生まれた子供を置き去りにして帰国するケースが相次いでいることが分かった。(3月26日 産経新聞)
逃げて帰る国がある人間に参政権など必要あるまい。
このような腹の立つニュースがある一方で、国柄を感じる記事を3月27日の産経新聞にみました。
・・・天皇、皇后両陛下が、大震災の後に「自主停電」されているという話にも鼻のあたりがツーンときた。15日から「第1グループ」の計画停電の時間に合わせ皇居・御所の電気を切っておられる。
実際に停電にならない日も、予定通り続けておられるそうだ。
天皇陛下は77歳のご高齢である。以前には前立腺がんの手術も受けられた。
それなのに「寒いのは(服を)着れば大丈夫」と、その間は暖房も使われない。
ろうそくや懐中電灯を使いながら、暗い中で夕食をとられたこともあるという。
それほどまで国民に思いをはせておられる。
そのことを知れば、被災地で苦難の生活を強いられたり原発の修復にあたったりしている人々に
これ以上にない励ましとなるだろう。身勝手な買いだめなど決してできないはずだ。
・・・
天皇陛下は国民に「仁」の心を持つ伝統があります。
日本書紀には初代天皇とされる神武天皇が「民」を「おおみたから」と呼んだことが記されています。
神武天皇にとって国民は皇祖・天照大神から託された大切な宝物です。
そして、神武天皇は日本を建国するに当たり「国民を大切にすることを統治の根本」としました。
このことは、その後の天皇陛下にも受け継がれています。
最も有名なのは第16代仁徳天皇です。
即位されて4年目、国民のかまどから炊事の煙が立たず、
多くの国民が貧しい生活をしていることに気づくと3年間年貢などを免除し、
仁徳天皇自らも着物や履物が破れてもそのままにし、宮殿も荒れ果てたままにしていました。
3年後、高台に立って国民の炊事の煙があちこちに上がっているのを見て、
「自分は、すでに富んだ」と喜んだと伝えられます。
平安時代の第60代醍醐天皇。
醍醐天皇は国民に対する同情心が強く、寒い夜に自分から着物を脱いで
貧しい国民たちの寒さとともに過ごしていました。
醍醐天皇は疾病や不順な天候の時は大赦したり税を免じたりしました。
収穫の良くない年は重陽節(ちょうようのせち)を何度もやめています。
これは国民への負担の軽減を願ったものです。
また、旱魃の時には一般民に冷泉院の池の水を汲むことを許し、
そこの水がなくなるとさらに神泉院の水も汲ませ、ここの水もなくなったといいます。
鴨川の洪水などがあれば水害を蒙った民に助けの手を差し伸べ年貢や労役を免除しました。
醍醐天皇は、
「自分は租税によって着物を着ている。自分は年貢によって食べている。
それなのに民の方は足りなくて自分の方が余っている。これはよろしくない」
そして、醍醐天皇はこのような政令を出しました。
「旱魃があったら年貢を免じてやりなさい。水害の時は租税を免除しなさい。
兵士となった家は租税の対象外にしなさい。
疾病が流行した時は租税を取り立てないようにしなさい」
昭和天皇は戦時中の昭和19年の暮れから防空施設として作られた御文庫に居住しました。
そこは屋根には砂が盛られ湿っぽく居住性の極めて悪いところでした。
昭和天皇は戦後になってもそこに住み続けました。
何度か新しい御所を作ることを進言申し上げても昭和天皇は、
「国民はまだ住居がゆきわたっていないようだ」とおっしゃって断り続けました。
その後、国民の生活水準が戦前をはるかに上回り、
空前の神武景気も過ぎた昭和36年に昭和天皇は吹上御所に移りました。
新宮殿が創建されたのはそれよりさらに遅れて昭和43年のことでした。
昭和天皇はこのようなお言葉を残されています。
「もっとも大切なことは天皇と国民の結びつきであり、
それは社会が変わっていってもいきいきと保っていかなければならない。・・・
昔から国民の信頼によって万世一系を保ってきたのであり、
皇室もまた国民を我が子と考えられてきました。それが皇室の伝統であります」
・・・
他の国では国王や皇帝は自分の権力を求め、国を支配し、国民から搾取する。
それゆえ恨みを抱いたものが政権を奪い、新たな王朝を立てるということを繰り返してきました。
それに対し我が国では建国の理想のもとに天皇陛下が国民をわが子のようにいつくしみ、
国民に思いやりを持ってまつりごとを行ってきました。
国民はこうした天皇陛下の御心(みこころ)に応え、天皇陛下を我が親のようにしたい、
天皇陛下を中心として国民が家族のように結び合って生活してきました。
だからこそ神話の時代から今日まで一系の皇室が125代も続いているのです。
このように我が国では家庭にあっては親は子供を愛情を持って育て、
子どもは親が年を取って弱っても大切にする。
夫婦は男女の特長を認め合い欠点を補い合って和を心がける。
また祖先を大切に祀り、子孫の幸福や繁栄を願う。
このような家庭が寄り集まって一つの国をなしているのです。
社会にあっては人々が助け合い共存共栄を心がける。
海外の文化も積極的に取り入れて固有のものと調和させてしまう。
その要に皇室があり、国民は皇室を中心として団結して生活する。
これが日本のもともとの姿であり、
これこそ日本人が世界に誇ることのできる国柄であり、
その心といえるのではないでしょうか。
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