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  次の写真は40年前の深圳と、現在の深圳の写真である。
 
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                                   (のどかな40年前の田園風景:深圳)1970年8月
 
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(現在の深圳の様子)
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 40年前の夏休みに、東京晴海埠頭より、旧ソ連の客船バイカル号にて3日間かけて香港へ。
香港でも3週間位宿泊し、周辺および離島等を訪れたことを覚えている。
 当時はまだ変動相場制前であったこともあり、香港での宿泊は1泊1米ドルであった。今もある、
YMCAへ行ったところ、この1ドル宿舎を紹介してくれた。宿舎の若いオーナーは我々外国人2、
3名を夕食に招待してくれたこともあった。
 香港から国境を超え、中国領に入り、ご覧のような田園風景と、人民公社、幼稚園・小学校を見
学することもできた。どれもが懐かしく想い出され、まさに、ここが40年に亘る中国の旅の出発点
となった。
 
 今から30年前の1980年8月に全人代にて経済特区として指定され、以降、当時、時は金なり
・・・・を合言葉に飛躍的な拡大を遂げたこの街も、今や人口も周辺部を含め1200万人になるとい
う。
 当時の邓小平も、その後184年、92年に深圳を視察している。 私も、何故か、この街へは、19
69年7月にアメリカ西海岸を船で約40日間以上訪問した時に、次は香港、深圳へ、ということを
決めていた。当時、大学1年の時であった。私自身、また、今頃になって授業として経済・商業関
係を学んでいる。中国での、この南方政策も、なんとなく、私自身はその10年前に予感みたいな
ものは感じられた。既に十分に発展拡大した中国ではあるが、次は何処が更なる発展を遂げる
のであろうか?
 私の勝手な予想ではあるが、現在も開発は進んでいるが青海省・内モンゴル・遼寧丹東あた
りが発展していくのであろうか?やはり、水、資源等がある地区は更なる発展の可能性はある。
しかし、背後にある大量の消費者という観点かるすると、西部大開発の地区とはなっているが、河
南省あたりなのだろうか。
 今後もあと10年、20年・・と、私自身も中国から目が離せない。
 

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おっ、秘蔵写真公開ですね。でも、違いが大きすぎると、何だか実感がわかない。阿片戦争の頃?の香港の写真でも見ているような気分になります。
でも、1969年にアメリカ西海岸を40日間船で旅行とは、ずいぶん、若いころからあちこち飛び回っていらっしゃるのですね。いろんな思い出、未来に向けた思いなど聞かせてください。

2010/11/4(木) 午後 6:47 [ 北京老学生 ]


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