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  1970年7月夏休みに行った時に撮った今の深圳・羅湖、いわゆる国境の駅である。
当時、香港の中国系旅行社にて中国の査証を申請し、九龍鉄道に乗り、終点となっている
この駅にて入国手続き等を経て、無事、中国側へ入国したことになる。
 途中、車窓から見る香港側、そして中国側の景色もほぼ同じようであったが、国境を過ぎ
てからの中国側の深圳の街は、当時、人口数万人から、今や、周辺を含み1000万人を超える
人々が住む大都市へと変貌した。当時、周辺には全くなにもなかったが、当駅の奥・後方には
やや大きめな建物もぼんやりと見えていたことが印象に残っている。
イメージ 1
                     (中国と香港との間の、当時の国境の駅深圳・羅湖にて:1970年夏休み)
 
 そして、こちらは今年夏休みに旅した中国と北朝鮮の国境の街の一つでもある、遼寧省の
丹東の駅である。この街へは、北京より夜行バスにて早朝到着したが駅周辺にはこれといっ
た特別な、特徴のあるモノはない。
 この街も深圳と同様に経済特区を目指し、今後も大いに発展するのかなと思ってはいたが
、やはり大飛躍するためには周辺地区を含めた交通網の整備や、交易・交流面の事を考え
ると、北朝鮮との双方向の交流は当面考えられないし、近隣地区・省との飛躍的な交流もあ
まり考えられないということもあり、暫くは現状のままで推移することになるのだろうか。
 そんなことを考えながら、ここ駅前から、歩いてすぐ近くの、国境沿いの河をな眺め、対岸
の朝鮮側の様子を 暫く眺めてから、また、駅に戻り2時間後のハルピン行きの鈍行列車に
飛び乗った。鈍行列車ということを 乗ってから気がついたが、同じ東北地区方面ということ
もあり、近いと思っていた終着の哈尔滨へは13時間後の夜10時前に到着した。近いとは言え、
遼寧、吉林、黒竜江の3省にまたがっての道のりを走るわけであるから当然、時間はかかる
わけだ。
イメージ 2
                    (北朝鮮との国境の街の一つ・丹東駅 2010年7月)
 
 
 

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