日中ビジネスも変化!「経済ビジネスクラブ会議&交流会」東京都日中主催:8/1(木)夕・渋谷で開催!ビジネス、起業、交流に関心のある方参加応募受付中!2019 8月真夏の 東京都日中経済ビジネス委員会主催
「経済ビジネス会議&交流」
新規参加者受付中(会議資料等で 有料となります)
8月1日(木) 18時受付開始〜談話等
18時半 会議開始
渋谷:東渋谷地区〜 JR東口 渋谷警察前の通りを左方面へ
*明治通りを徒歩5,6分 並木橋方面へ
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btrhdr ![]() 真夏の経済ビジネスクラブ会議を開催いたします。
東京都日中「経済ビジネス委員会」の主催です。
◆期日 8月1日(木曜日)
18時オープン〜随時名刺交換タイム。18時半会議開始。
◆場所:渋谷(東口より徒歩7分程度)「リフレッシュ
氷川」にて開催(東口・渋谷警察署前を左方面へ進み、
スーパー「ライフ」の左隣)
◆会費:今回より お一人千円 当日受付
(都日中会員:5百円)
◆プログラム
■(第1部)・講演、発表等予定(今回、立教大学・
中川教授、等予定しています:
◆(第2部)参加者全員の「夏の交流会」
(簡単なsoftdrink or缶ビール&おつまみ等用意)
◆飲み物:softdrink or 缶ビールの希望も付記ください
▲申込は当Wechat (or 秋澤:tourism9098)迄!
▲新規参加の方は:所属、職名、等を記載し送信ください。
(最終締切:準備の都合上7/25迄 )
**「仲間等も併せてお誘いください!!
お待ちしています〜
当企画は、都日中「交流の広場・経済ビジネス
クラブ!です。
今後次々新企画等準備中!
***********************
日本国内での起業、あるいは中国での起業等を
予定されている方も是非ご参加お待ちしています。
この4月以降、 日中間等のビジネスも急激に
増えています。 是非、交流の場で意見交換など
を一緒に行いましょう。
■問い合わせ 微信Wechat: tourism9098 迄 (AkisawA)
またはFB「経済ビジネスクラブ会議」(都日中)
等も参照ください。
![]() 〜〜おまちしています〜〜
(予告) 中国深圳での AI ITの現場を視察、研修
11月12日朝; 中国深圳集合(現地ホテルに朝 )〜
11月4日までの 3日間(2日半) 視察
Huawei, Tencnt, ドローン、 無人店舗など
最前線の現場を研修!
***ホテル、飛行機などは 各自予約 ***
■ 研修参加費 一人11万円〜12万円台 (予定)
今からが、 楽しみだ!!
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中国 深圳40年
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1970年7月夏休みに行った時に撮った今の深圳・羅湖、いわゆる国境の駅である。
当時、香港の中国系旅行社にて中国の査証を申請し、九龍鉄道に乗り、終点となっている
この駅にて入国手続き等を経て、無事、中国側へ入国したことになる。
途中、車窓から見る香港側、そして中国側の景色もほぼ同じようであったが、国境を過ぎ
てからの中国側の深圳の街は、当時、人口数万人から、今や、周辺を含み1000万人を超える
人々が住む大都市へと変貌した。当時、周辺には全くなにもなかったが、当駅の奥・後方には
やや大きめな建物もぼんやりと見えていたことが印象に残っている。
(中国と香港との間の、当時の国境の駅深圳・羅湖にて:1970年夏休み)
そして、こちらは今年夏休みに旅した中国と北朝鮮の国境の街の一つでもある、遼寧省の
丹東の駅である。この街へは、北京より夜行バスにて早朝到着したが駅周辺にはこれといっ
た特別な、特徴のあるモノはない。
この街も深圳と同様に経済特区を目指し、今後も大いに発展するのかなと思ってはいたが
、やはり大飛躍するためには周辺地区を含めた交通網の整備や、交易・交流面の事を考え
ると、北朝鮮との双方向の交流は当面考えられないし、近隣地区・省との飛躍的な交流もあ
まり考えられないということもあり、暫くは現状のままで推移することになるのだろうか。
そんなことを考えながら、ここ駅前から、歩いてすぐ近くの、国境沿いの河をな眺め、対岸
の朝鮮側の様子を 暫く眺めてから、また、駅に戻り2時間後のハルピン行きの鈍行列車に
飛び乗った。鈍行列車ということを 乗ってから気がついたが、同じ東北地区方面ということ
もあり、近いと思っていた終着の哈尔滨へは13時間後の夜10時前に到着した。近いとは言え、
遼寧、吉林、黒竜江の3省にまたがっての道のりを走るわけであるから当然、時間はかかる
わけだ。
(北朝鮮との国境の街の一つ・丹東駅 2010年7月)
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次の写真は40年前の深圳と、現在の深圳の写真である。
(のどかな40年前の田園風景:深圳)1970年8月
(現在の深圳の様子)
40年前の夏休みに、東京晴海埠頭より、旧ソ連の客船バイカル号にて3日間かけて香港へ。
香港でも3週間位宿泊し、周辺および離島等を訪れたことを覚えている。
当時はまだ変動相場制前であったこともあり、香港での宿泊は1泊1米ドルであった。今もある、
YMCAへ行ったところ、この1ドル宿舎を紹介してくれた。宿舎の若いオーナーは我々外国人2、
3名を夕食に招待してくれたこともあった。
香港から国境を超え、中国領に入り、ご覧のような田園風景と、人民公社、幼稚園・小学校を見
学することもできた。どれもが懐かしく想い出され、まさに、ここが40年に亘る中国の旅の出発点
となった。
今から30年前の1980年8月に全人代にて経済特区として指定され、以降、当時、時は金なり
・・・・を合言葉に飛躍的な拡大を遂げたこの街も、今や人口も周辺部を含め1200万人になるとい
う。
当時の邓小平も、その後184年、92年に深圳を視察している。 私も、何故か、この街へは、19
69年7月にアメリカ西海岸を船で約40日間以上訪問した時に、次は香港、深圳へ、ということを
決めていた。当時、大学1年の時であった。私自身、また、今頃になって授業として経済・商業関
係を学んでいる。中国での、この南方政策も、なんとなく、私自身はその10年前に予感みたいな
ものは感じられた。既に十分に発展拡大した中国ではあるが、次は何処が更なる発展を遂げる
のであろうか?
私の勝手な予想ではあるが、現在も開発は進んでいるが青海省・内モンゴル・遼寧丹東あた
りが発展していくのであろうか?やはり、水、資源等がある地区は更なる発展の可能性はある。
しかし、背後にある大量の消費者という観点かるすると、西部大開発の地区とはなっているが、河
南省あたりなのだろうか。
今後もあと10年、20年・・と、私自身も中国から目が離せない。
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