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今から40年前の東京晴海ふ頭より、当時就航していたソ連客船のバイカル号にて
香港そして広東省へと旅をした。
以下、当時の写真映像であるが、当時、多くの若者が海外へと旅立ち、諸外国を
見聞したものだが、今、改めて振り返ると当時の日本、そして諸外国の状況の比較
ができて懐かしく思う。以下、3枚の写真であるが、
思い切ってキャビンクラスを予約し一人旅をした客船の旅
当時の九龍駅から広州方面へ旅をし中国を垣間見たこと
更に香港の九龍側と香港島側を隅々まで廻った思い出
この40年間に移り変わる経済や政治、そして運輸、宿泊、観光地等の状況が目覚し
く変換する状況を見て、あらためて時代の変化にため息をつくばかりである。
駅もなくなり、船もなくなり、電車の線路も大幅に変わり、漁港も様変わりした。
しかし、この40年間で大きく変わってしまった各地の様相ではあるが、香港にてただ
一つ当時の面影を残しているものがある。
それは香港の九龍側に位置するペニンシュラホテルである。やhり、良いものはいつ
まで経っても味わいは残る。 当時、私が泊まっていた宿舎のホステルも、ちょうど、こ
のペニンシュラの後ろのほうに位置していたため、ペニンシュラに行く度に当時のことを
思い浮かべる。
そのような青春当時の旅を始めてから、今でも旅のあり方や旅の面白さ、今後のある
べき姿等を、今も大学の旅行学部にて研究生として学び、発表したりしている。
〔1971年7月下旬 東京〜香港 ソ連客船 バイカル号にて)
4人一部屋のキャビンクラスで日本から4日間かけて香港へ。
(1971年8月上旬 当時の 香港九龍駅構内 ここから中国へ)市内の旅行社へ駆け込み
中国行きの査証をとり、この九龍駅から広州方面へ乗り込んだ。昔の駅のあった九龍地区
の移り変わりが激しい。
(1971年7月下旬香港の漁港にて) 当時のアバディーンをはじめ、香港島側の
各地の漁港はすべてがこんな感じであった。
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中国 40年前の香港
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