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6月の下旬に田植えがおわれば、水が十分に田にいきわたり、農作を祈願するため、さなぼりという行事で田の神様を送る行事を行います。さなぼりが終われば、田植えの労をねぎらい、農家はいったん休憩に入ります。
全国的にも江戸時代から続いている行事だと思いますが、現在では数が極端に減っているようです。
いつまでも、このような各地域の伝統行事は大切にして、次世代に伝えていってほしいものです。
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6月の下旬に田植えがおわれば、水が十分に田にいきわたり、農作を祈願するため、さなぼりという行事で田の神様を送る行事を行います。さなぼりが終われば、田植えの労をねぎらい、農家はいったん休憩に入ります。
全国的にも江戸時代から続いている行事だと思いますが、現在では数が極端に減っているようです。
いつまでも、このような各地域の伝統行事は大切にして、次世代に伝えていってほしいものです。
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岩清水八幡宮から淀、伏見、京都まで京街道と竹田街道を通って京都駅まで歩きました。
歴史的な建物や遺跡が多くあり、かつて多くの人々が往来した街道です。
鳥羽伏見の戦い跡、寺田屋、長州藩邸跡、会津藩邸跡、淀城、酒蔵、日本で最初の市電道、等、歴史を感じる街道です。
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京街道の枚方宿は京都と大阪の中間にあり、淀川を往復する船の宿が多くあったので、大変な賑わいのあった街でした。
当時を偲ばせる鍵屋という船宿は保存されていて、中は資料館になっていました。
石清水八幡宮も歴史と由緒のある神社で、朱色の見事な建物や信長が寄進した塀などがあり、日本を感じる場所でした。
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大阪城から南へ約2kmのところに大河ドラマで有名な真田丸といわれた出城跡があります。
今は明星高校になっているあたりが、出城の中心地ですが、グランドの北側が東西に長いくぼ地となっており、地形が当時のままの状態で残っています。
自然の地形を利用した空堀のある要塞で、古地図にも載っている心眼寺などの3寺は今も現存しています。
ブラタモリの番組ではありませんが、地形、段差、勾配、神社・仏閣などに注意して町をあるけば、次々と新しい発見があり楽しいものですネ。
また、玉造稲荷神社はもともと大阪城内三の丸にあったようですが、現在は森之宮駅の西にあります。1603年に秀頼が寄進した鳥居などがみれます。
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豊臣時代の石垣の見学会があり、夏の陣で焼け落ちたときの焦土やうら込め石の状態を見てきました。
うら込め石には、石臼や五輪塔などがあり、当時は急いで石を集めたようです。
また、徳川時代はこの石垣の上に盛り土をして今の大阪城が立てられていますが、当時の砂利舗装の小道あとも発見されていました。
これらの豊臣時代の石垣は、調査のあと一般公開される予定です。
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