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最近よく「夢」を見る。 見るというより、夢を見たことを覚えているといったほうが学術的には正しいのか。 まぁ、ついこの前までそんな「夢」見る暇さえ無いほど仕事に追われていたが、ここのところ夜しっかり眠れるようになったおかげか夢を見る余裕が出来たらしい。 諸説によると、夢を見るのは眠りが浅いからだとよく聞かされてきたが、どうやら最近のアカデミックな報告によると必ずしもそうではなく、眠りが浅かろうが深かろうが夢を見るときは見るのだそうだ。。 僕の場合、とことん頭も身体も疲れているときは、いま寝たはずなのに瞬間起きる時間になっていたという感覚で目覚めることが多い。時間的には数時間寝ていたのは確かなのだが、本人的には3秒くらいしか目を閉じていなかったような、そんな損くさい感覚。これじゃあ夢見る暇なんてあるわけない(笑) ある意味相当グッスリ眠っている証拠でもあるのだろう。 だがこれと同じくして、おそらくこのまま寝たら本気で死んでしまうのではなかろうかと疲労困憊しているときでも、夢を見るときは普通に見るもの。そしてやはり損くさい感覚に襲われる。せっかく寝たのに夢の中でずっと起きていた〜!!・・っと。 うん。最近のアカデミックな報告はきっと正しいのだろう。 補足するならば、そんなクッタクタのゲロゲロな状況下で見る夢というのは、決まって何かに急き立てられているような余裕の無い夢となる。まさにとことん損くさい夢というやつだ。 で、話を戻して、ここ最近夜寝られる時間が出来たせいなのか「夢」を良く見るようになったのだが、その夢の内容というのが「またこの続きを見てみたい・・」と思わせる内容となっており、おそらくその夢がもたらす安堵や憧れらしきものに手を伸ばしながら、やがてはそこから断ち切られ現実の世界に引き戻されるといった感覚で目覚める日常が続いている。 よって、朝起き掛けは「あ〜!もうちょっと見たかったのにぃ〜」と、少々残念な気分にも囚われるのだが、まあ楽しかったので良しとしよう、な〜んか知らんけど面白い夢だったなぁ・・で、一日が始まる、そんな素敵で愉快なここ最近(笑) ただしそんな夢の中にいる僕は、決まってなにか迷いや戸惑いを佇ませている。 展開する場面や情景、そしてそこに構成構築されてゆく世界観やら感情やら機微といったことに、おそらく主人公として参加はしているのだが素直に身を任せ切っていないらしいのだ。 ディテールとしては存分に味わい楽しんでいるのだが、軸そのものには慎重というか警戒心すら抱いているのだ。 なので起きてから、どうしてあの場面で欲望のまま素直に飛び込まなかったのか?何故あそこで素直に「うん」と答えなかったのか? などと、目覚めの布団の中で、そんなどーしようもないことを後悔したりもする。 そして「これって一体どういうことなのだろうか?」「俺の性格的なものなのかな?」「夢の世界でも、やっぱ倫理や道徳観念で迷うもんなのかなぁ?」と、物凄〜くどーしようもない考察をし始めたりする。 ま、夢を覚えるようになってから、いまに始まったことではないが、、 ちなみにここ最近見る夢は、何処かに旅立とうとしている夢、或いは、自分にとって理想の地であろう何処かの場所で、新たな生活というか人生を始めようとしている夢だ。そこに理想の物的環境やら人的環境をも取り込んで。いわゆる現実逃避!ゲラゲラ!! 今日見た夢では、そんな全ての理想なる「物事」を満載した大きな飛行機に乗って、どこかの天気の良い空港を離陸した。そしてまた何処かの空港に立ち寄り理想なる「出逢い」を携え再び空に舞い上がった。僕と僕の理想を満載した飛行機は両翼に燦々と光を浴び、その眩いばかりの光の筋が、大きな窓を通して機内に満載した僕の全てを輝かせ、愛しい出逢いを微笑ませた。 ただし窓から見える地上が遠ざかるほど、夢の中の僕は一抹の不安に掻き立てられる。 いままさに、待ちに待った旅立ちを叶えたばかりと言うのに、何故か戸惑いに駆られて行く。 そんな不安や戸惑いを察したのか、僕を乗せた飛行機はどんどん高度を下げてしまう。 「いや、構わず行ってくれ、飛んでくれ!たのむ!!お願いだ!!!」 慌てて、そう心で叫ぶがすでに遅く、飛行機はあっという間に地上へ戻ってしまい、気がつくと僕を乗せていた飛行機は、小さなオモチャとなって僕の足元に転がっている。 そこでハタと目が覚める。 そんな夢に未練を残し、年甲斐も無く昼頃目覚めてしまった僕という中年オヤジ。 のそ〜っと居間に降りて勝手にゴソゴソ台所で食事を作り、まさに家族にとっては放置プレイしてても一切手の掛からない中年オヤジ。そんな今日の夢見る中年オヤジ。。 その時々の情景やらエピソードこそ違うが、最近な〜んかこの手の夢ばかり見る(笑) ディテールに頷き、そしてエンドを迎えるまでは実に小気味良く楽しい展開なのだが、いつもラストシーンでトホホと締め括られるパターンとなる。そこには常に引き返そうとする自分がいて、そのノリの悪さと度胸の無さに心底呆れ返る始末。これぞ屁タレの賜物か。。 まあ、夢とは大概そういうものなのだ(笑) だが単に屁タレというより、なにか総じて根本的に置き忘れている物事が、或いはそんな事態が、現実の世界にナリを潜ませているのかもしれない。そんな自分自身からの暗示なのだろうかと、ここ最近考えたりもする。自分にとっては珍しくも随分都合の良い夢を連日見続けてはいるが、ラストで決まってトホホとなるのは、ひょっとしてそのせいか。 うん、気をつけよう。。。 けど、明日の夢でこそは欲望のままに振舞おうと考えてもいる(笑) 毎日のことだが。。 きっと自縛している自分がいるのだろう。 -
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昨夕あたりから鼻がムズ痒くてクシャミが止まらん。。。 そして鼻水ジュルジュル。。 加えること喉もイガラっぽい。。 これって花粉症なのだろうか?? 花粉症という言葉やら実際の疾病が市民権?を得て、もうだいぶ長い年月が経ったが、僕まだこれに罹った経験が無いのでよくわからない。周囲ではかなり多くの者がこれに患わされ、中には見るも悲惨な状態な者もいたりして本当に気の毒な限りだ。 そんな花粉症、いよいよもって僕もデビューなのだろうか? クシャミ鼻水なんてのは、普段の体調やら寒暖差にもよって発生したりもするのだが、な〜んか今の僕に起きているクシャミ鼻水はこれまで知っているクシャミ鼻水とは一味違う。 とにかく鼻がムズ痒い。。しかも鼻の中はもとより、外部までムズ痒く感じる。まるで、鼻をフサフサの毛でくすぐられているような感覚が常駐している。挙句に目も痒い。。 やっぱこれって花粉症による鼻のムズムズ&目のムズムズなのか? こちらは北国、、 花粉の頃にはまだ先だと推察するが、案外甘い素人推理か? けどこの鼻や目のムズ痒さと異常な回数の連続クシャミ、たった一度だが覚えがある。 あれは高校生活も終わりの頃、卒業で離れ離れになる友人の実家に泊りがけで遊びに行った日のことだった。そいつとはクラスもクラブも違ったが、何故か気が合い良く絡む相手だったが、互いに遠方から通学していたこともあって、学校以外で絡むことはなかった。 そんな相手が卒業間際 「今度泊りがけでウチに遊びに来いよ」 と誘うので、二つ返事で了解して電車に乗って遊びに行った。そこで大いに呑んで(コラ!)語って夜を明かすつもりだったのだが、彼の家に着くなり僕の体調に異変が起きた。謎のクシャミ鼻水雨あられである。悶絶ものの連続クシャミである。そこで彼は言った。 「外の杉のせいかなぁ〜?」 その頃は、まだ花粉症という言葉もあまり出回っていた時代ではなかった。 なので僕自身も 「杉のせい」 と言われてもまったくピンとこない。 けれども大いに語り、ゲラゲラ笑い、彼の母親が作った御馳走を頂き、そして夜通し騒いでもいた。だが騒ぎながらもクシャミ鼻水に泣かされていた。呼吸さえままならない程、酷い有様だった。けどやっぱり騒いでいた。目と鼻を真っ赤にしながら。。 翌日、杉の防風林に囲まれた彼の家を後にする頃には、そんな症状も治まっていた。 そんな僕の様子を見て、最寄の駅まで送ってくれた彼は、 「やっぱ杉のせいだったのかもなぁ〜」 と、確信したように言った。 そこで初めて、世の中にはスギの花粉でこんな症状に陥る場合があることを知った僕だった。 彼は里山に暮らす農家の倅で、そんな自然の知識は当たり前。一方の僕は、街暮らしで自然の猛威の話なんざぁカラッキシの無知兄ちゃん。そして彼はこうも付け加えた。 「お前は俺んちでスギ花粉の免疫が出来たからもう大丈夫だ」 「そんな免疫あんのかよ?」 と、すかさず返したら、彼は 「さあな」 と言って笑っていた。 あれからだいぶ経ったが、確かに花粉の季節に外を行こうが山に入ろうが杉の中を歩こうが、一時期は杉林を隣り合わせた住居で暮らしていたことさえあったが、これまで一度も花粉症らしき症状に見舞われたことは無かった。年々花粉症で苦しむ周囲の人間が増えていくというのに、やはり僕にはまったく関係なかった。 だがいまここにきて、あの日と同じような目や鼻のムズ痒さとクシャミ鼻水に襲われている。 あの日の免疫も、いよいよ通用しなくなったということか? ・・その前に、そんな免疫あんのかよ(笑) どうか一過性のムズムズであってくれ。。 -
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明けましておめでとうございます。 |

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子供の頃の話だが、体育の日って言えば毎年登山ばかりしてた。。 いや、、、 ”してた”というより、、させられてた、、、強制的に(爆) そう、、あの頃毎年体育の日になると、いつもウチは家族皆で登山だった(笑) と言っても、低い山のファミリーコース登山だったんだけど、どうにもあれが苦手だった(笑) 「疲れるからタクシーで登ろうよ」 「足痛くなってきたからそろそろタクシー拾おうよ」 「帰りこそタクシーでさっさと帰ろうよ」 毎年そう進言し、毎年親父に怒られていた。 体育の日になると、な〜んかそれを想い出す。。。 阿呆な子供だったな〜〜〜って。(ゲラゲラゲラ) そんな嫌な登山では、こんなピンチな想い出もある。 やはり例によって体育の日、当然例の如く我が一家は登山してた。 その下山途中、急に僕チン、、、モヨオシテキタ。。 ウ○チ。。 僕 「ウ○チしたい・・・」 父 「なに!」 母 「困った子ね」 僕 「ウンチ出る・・」 父 「我慢しろ!」 母 「もう少しで麓だから・・」 僕 「で・出る・・」 父 「どうして下山前にしてこなかったんだ!!」 僕 「あの時したくなかったもん・・」 母 「そこでしたら?(野○ソ)」 僕 「嫌だ!」 父 「当たり前だ!!」 そう、この日は体育の日、、コースは沢山の”にわか”登山客達で溢れている。 そんな往来ごった返す中、ケツ丸出しして○ソひねる訳にはいかないのである。 いくら子供とはいえプライドがあった。 そこで父は急遽上級者用のルートに道を変え、一気に麓を目指す作戦に出た。 延々と、細く急な下り坂が続きだす。だがここも人々で溢れかえっている。 僕 「お腹痛い・・もう歩けない・・タクシー・・」 父 「こんなところにタクシー来るか!! つーかまだタクシー言うか!!」 僕 「あーもう出る!!」 父 「・・・おい・・」 母 「・・・!」 弟 「ウ○コ星人ウ○コ星人ウ○コ星人」 僕 (弟殴る) 弟 「びぃぃぃぃやぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!(泣泣泣泣泣)」 父 (僕をブン殴る) 僕 (振動で本体の頭が少し出る) 僕 (絶体絶命) 僕 (もうアカン・・) 僕 (一人ダッシュ) 母 (ちり紙持って追いかける) ・・奇跡というものは、自分の力で起こすものである。 このあと僕は忍者か山猿が如くの機敏な疾走にて急な上級者コースを一気に駆け降り、 麓の売店に設置されたトイレへと駆け込み事なきを得た。。 ・・それにしても、母もよくついてこれたものだ。。 やはり若さというものだろう。。 そう、、 体育の日になると、こんなくだらんことも想い出すのだ(笑) ・・オッサンになった今、旅先なんかで1日2〜30キロ歩くことがある。 カメラ片手に、風景を、街並みを、そして季節を捉えながら延々歩くことがある。 こうして長い時間、そして長い距離歩けるのも、 あの頃の登山のお陰かな〜?なんて思ったりもする。 けど年々股関節やら膝の痛みも出てくるようになってきた。 あの頃、もっとしっかり登山しておけば良かったな〜と思ったりもする。 (笑)
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ここひと月ほど、母の足の具合がとっても悪い。 両足とも感染症による異常なリンパ分泌を起こし、 ”ドラえもん”の足のように真ん丸く腫れ上がり、痛みと痒みと熱とリンパ液噴出で、 「なんか痛痒いな」と症状が出たかと思うや否や、あっという間に歩行すら儘ならなくなった。 それでも極度の出不精&医者嫌いの母は、なにかに口実を付けては医者に行こうとしない。 今日は顔が変だとか(いつも変)、今日は何処そこの誰かから電話が来るかもしれないとか、 なにかにつけては外出を拒み、しまいには”具合が悪い”と言って横になり起きようとしない。 (具合悪かったら尚更医者だが・・・笑) 足はパンパン、リンパ液ダラダラ、痛みと痒さと熱で眠るのも儘ならないまま。。。 病院には俺が連れて行く、アンタはただ俺の運転するクルマに乗せられて病院行くだけ。 と、何度言おうものが、絶対病院に行こうとはしない。 それでも食い下がる息子。。 すべては母の身を案じてのこと。。。 そんな母が策に溺れてこんなこと言った。 あたしゃこのとおりの足だから”美容院”にも行けなくて白髪も染められないのさ。 だからこんなみすぼらしい姿で、外なんか出れやしないよ。。 こんな酷い”頭”で病院なんか行けるもんか。。 そうさ、人様の前になんか出られやしないのさ、こんなお化けが。。。 ケッケッケッケ・・・ 本人は、この”言い訳”で病院に行かなくて済むと思ったらしいのだが、 そこを逆手にとって登場したのがカリスマ美容師かぶぶ(無免)だった。 即座にヘアカラーを買ってきて、母に有無を言わせず髪を染め、 やや跳ね出した毛先に軽くシャキシャキ鋏を入れ、 厚ぼったく膨らんだサイドを適度に梳いたらハイ出来上がり。 奥様、こんな感じでいかがでしょうか? では、早速出掛けましょうか♪♪ ・・と、そうでもしないと出掛けようともしない。。マジで・・ で、そんなこんなしながら、なんとか母を医者に連れて行ったら、 そこの初老の医者いわく、 「こんな酷いの、医者なって初めて診たよ・・・」 だから言わんこっちゃねーだろ!!! というわけで、外科処置と投薬による母の足の治療が始まった。。 当然、自力では通院できない状態なので、 お抱え運転手兼ヘルパーの僕がいつも一緒となる。 ただし出来る限り仕事に差し障りが出ないように、 昼だいぶ前から時間を割き直ちに出掛け、午後イチまでには戻れるようにする。(または仕事諦める・・) サンダルやスリッパさえ履いたり脱いだりするのも厳しい状態なので、それも介助する。 いつ治療が終わり、いつ待合室に出てくるかわからないので、 母の治療が済むまで僕も待合室で待機する。 文庫本読みながら。。 当初は連日。 しばらくして隔日。 やがて3日に一度。 そして現在週一の通院。。 いまではだいぶ状態も良くなり、そこそこ家事もこなせるまで回復しているが、 まだまだ治療としては初期段階で、これから本格的な治療に入るらしい。 そんな母の通院介助で、ふと気づかされたことがある。。 (そうか、、、そろそろ俺の番なんだな、、、) と。。。 僕の父という人間は、 だいぶ以前から神経痛やら膝の怪我やら心臓の持病やら糖尿やら目の手術やらと、 まさに病気のオンパレードで、それこそ現在に至るまで、 息子である僕の通院介助が必要な老人となっているのだが、これが母となると、 これまであまり現実味を帯びて思い描いたことが無かったのが正直なところ。 そう、、 父も爺様になれば、母も婆様になるのである。 頭では当然の如く分かっていたことなのだが、やはり現実味を帯びると違うもの。 そんな婆様になった母を連れて病院に付き添う息子の僕。。 (そうか、、、そろそろ俺の番なんだな、、、) と、思わずにはいられない。 遠い記憶、、 熱を出した幼い僕を、腹を壊した幼い僕を、 母はその背に負って何度医者を訪ねたことだろう。 あの頃我が家には自家用車などは無く、 歩き、バスに乗り、電車に乗り、そして歩きしながら、 医者を訪ね、またその帰路を繰り返す。 雨の日も、吹雪の夜も。。 僕が治るまで。。 (そうなんだよな、、、今度はもう、、俺が母を看る番なんだな、、、) 不意にそんなことを気づかされた、病院の待合室だった。 そこで何となくまわりを見渡すと、 そんな母子の姿を図らずも目の当たりにすることが多かった。 相当高齢であろう、車椅子に乗った老婆を押している初老の男性。 ものの見事に小さく背を丸めた老婆の肩を抱きながら、 自分自身も足元おぼつかない様子で付き添って行く、 やはり老齢に達してるであろう作業服姿の男性。 そう。 間違いなく彼らは親子なのだ。母と子なのだ。 やがては自分も歩む道、、、 と、そんな彼らを見るとも見ないとも、ただボンヤリ感じていた待合室。 ただし、そんな後先への不安や憂いといった問題提起らしきことを、ここで述べたいのではない。 もしこの記事を読む人が居れば、そこを勘違いしないでいただければ幸いに思う。 ただ、最近そんなことに気づいたということを、この場で呟いてみたかっただけなのだ。。 頭ではなく、実感として。。 父に加えること、今度は母に対して。。。 あ、そうそう、思い出した。。 これに遡ること、以前母との会話がうまく運ばなくなった時期があった。 なにやらこっちの言葉が届いてないというか、 話しかけてもとんでもない答えが返ってくるというか。。 いい加減不審に思って色々追求すると、 「・・実は片方の耳が何ヶ月も遠くなったままだ」 と、ポソリと漏らしたことがあった。 そのときも相当医者行きを愚図ったので、 やはりカリスマ美容師かぶぶ(無免)の登場となった。 そして大事に至らず簡単な処置で治癒。。 けど放っておくと、鼓膜が化膿崩壊するところだったという。。 やれやれ、、子供を病院に連れてくのも苦労するが、 老人を医者に診せるまでというのも本当に大変な”工夫”が必要である(笑) 親愛なる母へ、、 僕は時には酷い言い草を浴びせ、 愚図るアナタを強引に医者に連れていくかもしれませんが、 そのときは酷い息子だと怨んでもらって結構です。 アナタの息子は医者ではありませんが、どんな手を使ってでも、 アナタを医者に連れて行くことだけは出来ますので。。 そう、、 こうして僕が動けるうちは。。 いずれ長生きしてください。。 【余談】 この母が現在通院している病院にて、どうやら僕、 ”地元の著名な音楽家”だと本気で勘違い(思い込み?)されているらしい。。 しかもそこの看護士の娘が来春音大を受験するらしいのだが、 「どうか息子さんのご尽力で何とか推薦を・・・」 「レッスンをつけてやって下さい・・・」 みたいな話を治療中に相談されたという話を母に聞かされワロタ。。 今度待合室で、楽譜でも見ながら難しい顔して鉛筆持った片手でもフリフリしようかな(爆) ※「カリスマ無免許美容師と著名なエセ音楽家」でも題名よかったかも(ゲラゲラ)
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