『Games of the XXIX Olympiad Beijing 2008』も「ターニングポイント」を過ぎましたが、日本の金メダルは(日本オリンピック委員会の)予想に反して低調ですね〜。(米国は一人で8個も取ってるのに・・)
| (前置きは全く関係ありませんが)近代オリンピックについて勉強しましょう。 |
そもそも近代オリンピックはいつ、どこで始まったのでしょうか? |
| 男子100m決勝、優勝したのは左から2番目の米国選手 |
1896年(第一回アテネ大会)古代オリンピックに感銘を受けたピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱によって、ギリシャのアテネで行われ、選手は男子のみ(女性が参加したのは1900年第二回パリ大会)で、14カ国、280人が参加しました。実施されたのは、陸上、体操、レスリング、フェンシング、自転車、射撃、テニス、水泳の8競技でした。
クーベルタン男爵の『勝つことよりも参加することに意義がある』と言った言葉は有名ですが・・ |
1908年(第4回ロンドン大会)当時険悪な関係にあったイギリスとアメリカ間のトラブルを見かねた、ペンシルバニア大司教のエチュルバート・タルボットが「オリンピックで重要なのは、勝利することより、むしろ参加したことであろう」と説き、それを国際オリンピック委員会2代目会長のピエール・ド・クーベルタン男爵が演説で引用し、オリンピック精神となりました
マラソンが42.195kmになった理由は? |
1908年(第4回ロンドン大会)この大会で、当時の王妃アレクサンドラが、「マラソンのスタート地点は宮殿の庭で、ゴールは競技場のボックス席の前に」と命じたために、走行距離は42.195kmとなりました。
では、マラソンのもっとも遅い記録(タイム)は? |
1912年(第5回ストックホルム大会)日本が初めて参加した大会で、短距離に三島弥彦選手、マラソンに金栗四三選手が出場しましたが、2人とも途中棄権。後に、スウェーデンオリンピック委員会が、オリンピック55周年記念式典を開催した際、金栗選手を招待し、ゴールを用意しました。タイムは、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3です。
聖火リレーが初めて行われたのは? |
1936年(第11回ベルリン大会)ナチス党ヒトラーの政権の下、開催されたこの大会でした。
友情のメダルとは? |
1936年(第11回ベルリン大会)棒高跳びの2位西田修平選手と3位大江季雄選手は、同記録であり協議によりその順位が決定しましたが、大会後に銀メダルと銅メダルを2つに割ってつなぎ合わせたメダルのことです。
ドーピングが発覚したのは? |
1960年(第17回ローマ大会)デンマークの自転車競技の選手が、血管拡張剤と興奮剤の過剰摂取により、レース後に死亡するという、オリンピック史上初のドーピング事件となりました。
アジアで初のオリンピック開催となった1964年(第18回東京大会)のTV最高視聴率は? |
「東洋の魔女」と呼ばれるほどの強さを誇った女子パレーボール決勝(日本対ソ連)の視聴率は、NHKの調べによると、85%を記録したそうです。
日本選手の印象的な言葉と言えば・・ |
1992年(第25回バルセロナ大会)女子水泳の200m平泳ぎで、弱冠14歳の岩崎恭子選手が金メダルを獲得し、優勝インタビューで「今まで生きてきた中で、一番幸せです」
男子マラソンで、途中の給水ポイントで転倒し、左足の靴が脱げてしまった谷口浩美選手の「こけちゃいました」
1996年(第26回バルセロナ大会)で銀メダルを獲得した、有森裕子選手の試合後、「自分で自分を誉めたい」
2004年(第28回アテネ大会)男子平泳ぎ100mで、金メダルを獲得した北島康介選手が、インタビューで「チョー気持ちいい」と発言し、その年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。
これから先は『北京パラリンピック』(9月6日〜17日)を応援しましょう!
パラリンピック(Paralympic)とは |
4年に1度、オリンピック終了後にオリンピック開催都市で行われている「もう一つの(Parallel)+オリンピック(Olympic)」のこと。
パラリンピックの歴史は? |
英国王立ストーク・マンデビル病院の医師、ルードウィッヒ・グットマン博士が脊髄損傷による車いす患者の治療・訓練の一環としてスポーツを取り入れたことを契機として、1948年、ロンドンオリンピックの開会式の日に病院内でスポーツ大会を開催。
この大会は1952年に国際大会(国際ストーク・マンデビル大会)へと発展し、さらに1960年の(第一回)ローマ大会からは、オリンピック開催年の大会だけはオリンピック開催国(夏季20競技 冬季4競技)で行われるようになった。
日本の最多メダル数は? |
2004年(第12回アテネ大会)金メダル17個 銀メダル15個 銅メダル20個 合計52個
ちなみに日本が初参加した1964年(第2回東京大会)は金メダル1個 銀メダル5個 銅メダル4個 合計10個でした。
頑張れニッポン!  |
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