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知らされぬものは余命と運命と 朝顔二輪色の異なる 前回、不孤さまから、「運命は自分で切り拓いていくもの」とのご指摘を受けましたが、やはり私はど うしても、人それぞれの運命は決まっているような気がしてならないのです。力を尽くすことでどうにか なることなら、それは運命とは言わないように思います。 いろいろとご意見はおありでしょうが、最近は余命についてもしばしば考えるようになりました。私は あとどのくらい生きるのだろう、私はどんな形で死ぬのだろう? 病気?事故?自殺?といったことまで 考えてしまいますね。余命ももうあらかじめ決められているものではないでしょうか。事故って一瞬で楽 になれるのかなあ?とか、病気でじわじわ弱って死に近づいていくのは怖いなあとか…、皆さんはこんな ことをお考えにはなりませんか? 私はまだまだ覚悟ができていないようです。
101歳で亡くなったお婆ちゃんが死ぬのは怖いと言ってた。 年齢は関係ないのでしょうね。 苦しいのは嫌だけど、親より先には死にたくないし まだ子供が気がかり。 みんな似たような気持ちなんでしょうね。 って遅くなったけど、ひなたに戻りました!
2009/8/19(水) 午後 8:58
重いテーマ。 でも、決まっている運命だとしても、自分では先がわからないから人はあれこれ努力して良くしようとするのでしょうね。 結果がそうであれ、やってよかったって思える人生でありたいです。
2009/8/19(水) 午後 10:00
はせばあは運命も余命も神様だけが知っていらっしやる。 神様に全てお任せしてクヨクヨ悩まずにその日一日無事に暮らせたら後夜は神様に感謝の祈りと私の周りの苦しんでおられる方のためにお祈りをしたら、自然にゆっくり眠れます。 の〜びりとゆきましょう。 人間の考えることなどたかが知れています。 くよくよしないことですよ。
2009/8/20(木) 午後 3:18
こんばんは〜♪ 朝顔の儚さを自分のいのちを 暗喩させたお歌が素敵ですね^^^ わたしは30歳で生死を彷徨う病気をしました。 それ以来、「死」への恐怖はまったく無くなりました。 いまは、気軽なひとり身。。。。。。。。。 いつ、逝ってもいいように、 生ある今日を目一杯生きようと思っています^^^ そして、朝目覚めると、 生かされていることに感謝をします^^^ 明日の朝、目覚めないかも知れません。。。。。。 それも、神の計画のうちだと思っています。 明日も素敵な日を。。。 ぽち。
2009/8/21(金) 午前 0:55
ひろちんさん、確かに未来が何もかもわかっていたら、逆に生きていけないような気がしますね。わからないから、ボーッと過ごせるのかも? 病気入院はいやでしょ。
2009/8/21(金) 午前 9:58
玄さんはご病気を背負いながら、日々努力されていてすごいなあといつも頭が下がります。きっと健康な人より毎日を真剣に生きておられるのでしょうね。
2009/8/21(金) 午前 10:00
ニキータさん、別にこんな深刻なことを書くつもりはなかったのですが、流れでそうなってしまいました。でも、おかげで皆さんの貴重なご意見をうかがえてよかったかなと思います。これから生きていく上での参考になりそうです。
2009/8/21(金) 午前 10:05
ホシさん、そうですね。先のことを心配しても、どうなるかわからないのだから、何か事が起こったときに考えることにしようと思うようになりました。
2009/8/21(金) 午前 10:08
トンボさん、「運命感」ですか。それは「運命」とは違うような気がしますね。
2009/8/21(金) 午前 10:10
morinomituさん、私の父は僧侶ですので、私もしばしば人の死について聞いたりしますが、生き方も死に方も人それぞれですね。霞よりはやっぱりお肉や魚を食べていたいので、死ぬまで俗物ですね。
2009/8/21(金) 午前 10:14
不孤さま、コメントたくさんにありがとうございました。姫は苦しんでいるわけではありませんので、それだけはご安心ください。私も、娘さえいなければ、もういつ死んでも後悔はありません。十分頑張って生きてきたように思います。ただ、障害のある娘の将来にまだ光が見えないことだけが心残りです。私は仏教の家庭に生まれましたので、また「歎異抄」を読んでみることにしますね。いつもありがとうございます。
2009/8/21(金) 午前 10:19
ピンパパさん、お久しぶり! 93歳まで生きられるとしたら、私の余命はまだ40年以上あることになります。何だか生きていくのに退屈しそうだなあ〜、なんて言ったら罰が当たるかなあ。でも、独りきりで長生きするのは、あんまりうれしくないなあ。
2009/8/21(金) 午前 10:21
熊さんの座右の銘は「ケセラセラ」かもしれませんね。ご自身のブログにもよく登場する言葉ですよね。
2009/8/21(金) 午前 10:23
りんさんも、たくさんにコメントをありがとう。私は若いころ神経症に苦しんでいた時期があるので、そのころから、あるがままに自分を受け入れ、自然体で生きる訓練をしてきました。それができるようになったかどうかは自信がありませんが、今このときを生きていることに感謝できるようになりました。単にトシをとっただけかもしれませんが…。
2009/8/21(金) 午前 10:31
私も、ひなたさんとほとんど同じ思いです。親より先に死ぬのは親不孝でしょうし、子どものことが何より心配。いつ死んでもいいと言いながら、今不治の病を宣告されたら、絶対パニクることでしょう。やっぱり適度な年齢までは生きていたいのかなあ。
2009/8/21(金) 午前 10:36
tomomokoさん、私もやはり「人事を尽くして天命を待つ」です。どんな結果が待っていようと、自分なりに納得のいく生き方をしたいですね。
2009/8/21(金) 午前 10:39
はせ様、信仰を持っておられる人はある意味強いですよね。神様にすべてを委ねることができるのですから。無宗教の人は自分の力で何とかならないだろうかともがくから大変なのでしょうが、それも人それぞれの生ですから、自分の生き方を押し付けることもできませんよね。私も毎日無事過ごせたことに感謝し、心の中で手を合わせるようにしています。
2009/8/21(金) 午前 10:46
吉祥天さま、私もこれまでさまざまな病気などで何度か死にそうになりました。特に出産後は1週間ほど意識がもうろうとしていましたが、回復してからは子育てに必死で、人生観が変わるほどの経験とはならなかったように思います。それでも以前から、自分は長生きできないだろうなあと思っていたので、今日まで生かされていることに十分感謝しています。
2009/8/21(金) 午前 10:51
あれれ〜久しぶりに着たら、雰囲気が変わっている・・最近はね、時の流れに身を任せているんですよ。時が来れば、命の灯火も消えるだろうし・・・ 深く考えないようにしています。 今日輝ければいいかな?
2009/8/22(土) 午後 10:23
お友だちのおねーさん、「時の流れに身をまかせ」って、テレサ・テンですね。「あなたの色に染められ」るんですよ。大丈夫ですか?
2009/8/24(月) 午前 10:33
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101歳で亡くなったお婆ちゃんが死ぬのは怖いと言ってた。
年齢は関係ないのでしょうね。
苦しいのは嫌だけど、親より先には死にたくないし
まだ子供が気がかり。
みんな似たような気持ちなんでしょうね。
って遅くなったけど、ひなたに戻りました!
2009/8/19(水) 午後 8:58
重いテーマ。
でも、決まっている運命だとしても、自分では先がわからないから人はあれこれ努力して良くしようとするのでしょうね。
結果がそうであれ、やってよかったって思える人生でありたいです。
2009/8/19(水) 午後 10:00
はせばあは運命も余命も神様だけが知っていらっしやる。
神様に全てお任せしてクヨクヨ悩まずにその日一日無事に暮らせたら後夜は神様に感謝の祈りと私の周りの苦しんでおられる方のためにお祈りをしたら、自然にゆっくり眠れます。
の〜びりとゆきましょう。
人間の考えることなどたかが知れています。
くよくよしないことですよ。
2009/8/20(木) 午後 3:18
こんばんは〜♪
朝顔の儚さを自分のいのちを
暗喩させたお歌が素敵ですね^^^
わたしは30歳で生死を彷徨う病気をしました。
それ以来、「死」への恐怖はまったく無くなりました。
いまは、気軽なひとり身。。。。。。。。。
いつ、逝ってもいいように、
生ある今日を目一杯生きようと思っています^^^
そして、朝目覚めると、
生かされていることに感謝をします^^^
明日の朝、目覚めないかも知れません。。。。。。
それも、神の計画のうちだと思っています。
明日も素敵な日を。。。
ぽち。
2009/8/21(金) 午前 0:55
ひろちんさん、確かに未来が何もかもわかっていたら、逆に生きていけないような気がしますね。わからないから、ボーッと過ごせるのかも? 病気入院はいやでしょ。
2009/8/21(金) 午前 9:58
玄さんはご病気を背負いながら、日々努力されていてすごいなあといつも頭が下がります。きっと健康な人より毎日を真剣に生きておられるのでしょうね。
2009/8/21(金) 午前 10:00
ニキータさん、別にこんな深刻なことを書くつもりはなかったのですが、流れでそうなってしまいました。でも、おかげで皆さんの貴重なご意見をうかがえてよかったかなと思います。これから生きていく上での参考になりそうです。
2009/8/21(金) 午前 10:05
ホシさん、そうですね。先のことを心配しても、どうなるかわからないのだから、何か事が起こったときに考えることにしようと思うようになりました。
2009/8/21(金) 午前 10:08
トンボさん、「運命感」ですか。それは「運命」とは違うような気がしますね。
2009/8/21(金) 午前 10:10
morinomituさん、私の父は僧侶ですので、私もしばしば人の死について聞いたりしますが、生き方も死に方も人それぞれですね。霞よりはやっぱりお肉や魚を食べていたいので、死ぬまで俗物ですね。
2009/8/21(金) 午前 10:14
不孤さま、コメントたくさんにありがとうございました。姫は苦しんでいるわけではありませんので、それだけはご安心ください。私も、娘さえいなければ、もういつ死んでも後悔はありません。十分頑張って生きてきたように思います。ただ、障害のある娘の将来にまだ光が見えないことだけが心残りです。私は仏教の家庭に生まれましたので、また「歎異抄」を読んでみることにしますね。いつもありがとうございます。
2009/8/21(金) 午前 10:19
ピンパパさん、お久しぶり! 93歳まで生きられるとしたら、私の余命はまだ40年以上あることになります。何だか生きていくのに退屈しそうだなあ〜、なんて言ったら罰が当たるかなあ。でも、独りきりで長生きするのは、あんまりうれしくないなあ。
2009/8/21(金) 午前 10:21
熊さんの座右の銘は「ケセラセラ」かもしれませんね。ご自身のブログにもよく登場する言葉ですよね。
2009/8/21(金) 午前 10:23
りんさんも、たくさんにコメントをありがとう。私は若いころ神経症に苦しんでいた時期があるので、そのころから、あるがままに自分を受け入れ、自然体で生きる訓練をしてきました。それができるようになったかどうかは自信がありませんが、今このときを生きていることに感謝できるようになりました。単にトシをとっただけかもしれませんが…。
2009/8/21(金) 午前 10:31
私も、ひなたさんとほとんど同じ思いです。親より先に死ぬのは親不孝でしょうし、子どものことが何より心配。いつ死んでもいいと言いながら、今不治の病を宣告されたら、絶対パニクることでしょう。やっぱり適度な年齢までは生きていたいのかなあ。
2009/8/21(金) 午前 10:36
tomomokoさん、私もやはり「人事を尽くして天命を待つ」です。どんな結果が待っていようと、自分なりに納得のいく生き方をしたいですね。
2009/8/21(金) 午前 10:39
はせ様、信仰を持っておられる人はある意味強いですよね。神様にすべてを委ねることができるのですから。無宗教の人は自分の力で何とかならないだろうかともがくから大変なのでしょうが、それも人それぞれの生ですから、自分の生き方を押し付けることもできませんよね。私も毎日無事過ごせたことに感謝し、心の中で手を合わせるようにしています。
2009/8/21(金) 午前 10:46
吉祥天さま、私もこれまでさまざまな病気などで何度か死にそうになりました。特に出産後は1週間ほど意識がもうろうとしていましたが、回復してからは子育てに必死で、人生観が変わるほどの経験とはならなかったように思います。それでも以前から、自分は長生きできないだろうなあと思っていたので、今日まで生かされていることに十分感謝しています。
2009/8/21(金) 午前 10:51
あれれ〜久しぶりに着たら、雰囲気が変わっている・・最近はね、時の流れに身を任せているんですよ。時が来れば、命の灯火も消えるだろうし・・・
深く考えないようにしています。
今日輝ければいいかな?
2009/8/22(土) 午後 10:23
お友だちのおねーさん、「時の流れに身をまかせ」って、テレサ・テンですね。「あなたの色に染められ」るんですよ。大丈夫ですか?
2009/8/24(月) 午前 10:33