私が長年尊敬し理想とするべき女性である 桝本さん
からいただいた 「産みたての地鶏の卵」です。
先日私が体調を崩した時にも、色々とお世話になりました。
桝本さんから
「体を温めることの大切さ」
「温めて元気になれること」
「血液サラサラにするための伝授」
をいただきました。
卵を使って、うどんやおかゆや雑炊をいただきました。
本当にありがたいことです。
普通の毎日はスペシャル
体調が回復し、普通食がやっと食べられるようになり
思ったことは唯一つ、
「普通に生きるってすごい」ってことです!
たしか、竹内まりやの曲にも♪毎日がスペシャル〜♪ってありましたね。
よく映画や小説に出てくるセリフだけど、心底実感しました。
ご飯を普通に食べられることの有難さ。
体がどこも痛くなくて、頭もスッキリしている。
キーボードを打つことができて、文章も書くこともできる。
テレビも観る事ができる。
どれも素晴らしいことですね。
普通の毎日ってすごいですね。
家で起きて、歩けて自由にどこでも行くことができる。
例えば、風邪をひくと体の関節が痛くなりますね。
だるくて動きたくなくなり、頭痛もする。
ぼーっとするからか不思議な気分になります。
これだけはハッキリと言えます。
「生きてる」ってこと。
生きているからこそ風邪もひくし痛みも感じるのでしょう。
体内で白血球がウイルスと闘っているからこそ、
苦しいと感じるのだと思います。
今回私は体調が崩れたことにより、今こそ「チャンス」!って・・・
無理やり自分に言い聞かせてみました。
もちろん耐えられない痛みの時は何も考えられなかったけれど・・・。
でも、前向きに考えてみようとして、体からのSOSに耳を傾けてみると
色々と新しい発見がありました。
昔から私は調子に乗ると、自分の体力の限界も考えず走る傾向にあります。
気を張り詰めているときは大丈夫だけど、一旦気を緩めると大変な状態に・・・。
自分のことをおざなりに走る無鉄砲な私。
今回の過労で、自分の体に耳を傾けろと体から叱られました。
自分の心と向き合える貴重な時間をいただきました。
体調管理に気をつけ、活動に励みます。
昨日に引き続き、茨木のり子さんの詩を思い出しました。
「苦しみの日々 哀しみの日々」 茨木のり子
苦しみの日々
哀しみの日々
それはひとを少しは深くするだろう
わずか五ミリぐらいではあろうけど
さなかには心臓も凍結
息をするのさえ難しいほどだが
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
あれはみずからを養うに足る時間であったと
少しずつ 少しずつ深くなってゆけば
やがては解るようになるだろう
人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も
わかったとてどうなるものでもないけれど
(わからないよりはいいだろう)
苦しみに負けて
哀しみにひしがれて
とげとげのサボテンと化してしまうのはごめんである
受けとめるしかない
折々の小さな棘(とげ)や 病(やまい)でさえも
はしゃぎや 浮かれのなかには
自己省察の要素は皆無なのだから
●出典『倚りかからず』茨木のり子著(筑摩書房)
ことばの魔力
静養しながら、''茨木のり子さん''の詩集を読み返していました。
彼女の息をのむかのような鋭い考察を読むたびに感じます。
茨木さんの詩と出会い、詩を読むことがやめられなくなりした。
本当に素晴らしい詩が多くて、読むたびに心にくるものがあります。
自分の心と出会った詩が重なる時、なんともいえない開放感が心に生まれます。
特に''茨木のり子さん''の詩を読むと、長い間自分の心にあってくすぶっていた
【ことば】にできなかった思いや悩みが、素敵でいて時には鋭利な【ことば】で
届けられ、ズキッという快い痛みが訪れ、スッキリと解決します。
現在に至るまでに、私の心が受けた衝撃の数々・・・。
茨木のり子さんは、私の学生時代の様々な思い出の場面ごとに、流行歌と共に
最も頻繁に顔を出す詩人だと思います。
本日ご紹介した詩「苦しみの日々 哀しみの日々」は、静かに激しく
紡がれた詩集『倚りかからず』の中にあります。
機会を作って、「私と茨木のり子」として特集を組み、更に詳しく
語りたいと思います。
あそう あきこ
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