祖母(麻生秀子)から学んだ社会貢献の大切さ
私はよく祖母(麻生秀子)から、様々なることを学びました。
2.26事件のこと、戦争における悲惨さ、空襲の怖さ、そして戦後の繁栄、
東京オリンピックや大阪万博の話など、私が生まれていない、はるか昔の歴史
をわかりやすく語ってくれました。
大多喜町立図書館天賞文庫
そんな中で、私の脳裏に深く刻まれていることに、ふるさと(千葉県大多喜町)に
【大多喜町立図書館天賞文庫】があります。
その図書館の起源は、祖先である初代江澤金五郎の遺志に基づき、寄贈されたもの
であるということです。
そして、この図書館こそが、
現存する公立図書館としては、国会図書館と並ぶ最も古い歴史があり、
企業の社会貢献の先駆けとなるものです。
このことこそが、私が「文化の意義と社会貢献活動」に
関心を抱くきっかけとなるものでありました。
東京銀座天賞堂創立者(大多喜町立図書館天賞文庫寄贈者)
「江澤金五郎肖像」(現大多喜図書館天賞文庫蔵)
天賞文庫 『創立100年記念誌』より(大多喜図書館 天賞文庫蔵)
「新時代を切り拓く原動力」
― 近代日本を創った勝海舟と江澤金五郎・富吉兄弟 ― (文:麻生 秀子)
兄、江澤金五郎と共に銀座天賞堂を経営し、また、郷土大多喜町の事業である、
恵比寿屋の当主であった江澤富吉は、私の祖父であります。
富吉の妻である江澤サクは、維新の三舟の一人、勝海舟の血縁にあたります。
そんな関係からか、私の幼少の頃、祖父母の口から良く近代日本を創った人々と
の交流の話や、郷土大多喜町での思い出の日々を懐かしそうに語られていたのを、
つい昨日のように思い出されます。
《 昭和14年(1939)77歳の江澤富吉
(江澤富吉翁述『商道先駆 ―天賞堂五十年の回顧』より) 》
勝海舟は、荒波を乗り越え、太平洋を横断した自らの咸臨丸での体験。
あるいは、幕臣でありながらも徳川三百年の幕引きをし、近代日本への
橋渡しとなった大政奉還の大事業などを思い起こしたのでしょう。
後年、海舟は江澤富吉に会うと、当時を振り返り、
「青春とは疾風怒濤の如し、何事にも失敗を恐れず、新しい世界に
飛び込む勇気ではないか。新時代を切り拓く原動力とは、自らの使命
に燃え、情熱をもって行動する事である」
と話していました。
江澤金五郎、富吉兄弟はと言えば、明治時代、庶民のかなわぬ夢であった、
時計、ダイヤモンド、自動車といった商品を我が国で初めて本格的に取り
扱い、通信販売、広告宣伝、ショーウィンド、商品券を取り入れるなどして、
近代商業のパイオニアと称された事は、申すまでもありません。
明治30年。我が国で最初の本格的近代図書館、天賞文庫を大多喜町に寄贈。
この事は、常日頃、商人道を貫いた金五郎、富吉兄弟が到達した道であり、
今で言う企業の社会貢献の先駆けと言えるでしょう。
次世代をつくる若者に夢と希望を与え続け、文化創造の拠点として今日尚、
さん然と輝く、天賞文庫。未来永劫その灯はともし続けるでしょう。
あそう あきこ
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