先日、私が一般質問で取り上げた子どもが作る「弁当の日」のシンポジウムが東京大学で開催され、私も参加して参りました。今回、講義を聞きながら、改めて「弁当の日」の取り組みは、進めていくべきだと思いました!「自分の生を見つめ直すきっかけとなる素晴らしい取り組みである」と実感いたしました。昨年、竹下和男校長先生が提唱された「弁当の日」の取り組みの講義を受けました。子ども達に対するあたたかなまなざしを注ぎ続け、社会全体を良くして行きたい、という竹下校長先生の情熱に大変感動いたしました!◎ブログ【「弁当の日」で“生きる力”を取り戻す】(一般質問)http://blogs.yahoo.co.jp/akiko_miyu/26958841.html今回、助産師の内田美智子先生の「食卓から始まる生教育」にも、大変感動いたしました。ライブでのお話はとても迫力があり、心に響きました。 映像で繰り広げられる、出産シーン。 お母さんと赤ちゃんの絆について考えさせられました。 若年層における性の問題行動は、いま大きな社会問題になっています。 助産師として、日々多くの命と向き合い続けている内田先生。 今ここに存在していること、そのものが稀有であり素晴らしいこと、 息をしているだけで幸せであることを、身を持って経験されている 内田先生のお話は説得力がありました。 内田先生の講義の中の一節です。生れ落ちた時はどの子もキラキラ輝いてピュアです。
昨日とりあげた子も30年前の子も赤ん坊は少しも変わっていません。 変わったのは大人と大人が作った社会です。 育てる大人の責任は重いです。 食べさせられていない子どもたちが、成長して今度は親になり、 何も出来ない未熟な母親となる。 思春期の子どもたちを見てきた先生は、「食」の問題に行き着いた。 心の空腹感をどう埋めていくのか?なぜ、性行動を「子ども」が起こすのか?少し前に私は、『ここ 食卓から始まる生教育』でも、泣きながら読みました。読みながら、自分の子どもの頃や家族との関りを振り返りました。 泣きながら、ふと癒されている自分に気づかされました。 『ここ 食卓から始まる生教育』の扉に書かれてあった言葉です。性を大切にしようと思えば、生が大切になります。
性教育は生教育です。 生を大切にすれば食が大切になります。 生きることは食べること、食べることは生きることです。 「性」と「生」と「食」はつながっていたのです。 愛された記憶がない子どもたちが、愛を求め、安らぎを求め彷徨う。そこに忍び寄る暗黒の影・・・。子どもに起きている異常現象は、子どもが悪いのではない。 子どもの背後に隠されている大人側の問題であることを再認識させられました。 「愛された子どもは素敵な大人になる」私の心にズシーンと響くメッセージでした。そして、 「先に死に逝くものとして、一人で生きていける子どもを育てることの必要性」について述べられている箇所に、感銘を受けました。たぶん、私が今までそのように教育を受けてきたと感じたからです。 「自分たちがいつ死んでも私が一人で生きられる」ようにと、祖父、祖母、母は 私を懸命に育ててくれました。 そして、私を常に励まし応援し、見守り続けてくれた、叔父、叔母たちの存在も かけがえのないものです。 たったひとりで大きくなったのではないことに、この年になって、改めて気づか された瞬間でもありました。 気づかないほど自然に、大きな愛に満たされて、私は31年間生きてこれたのだ と思います。 家族の愛が重くて、私にかけられた過剰な期待に胸が締め付けられ、その期待に 応えようと、必死にもがけばもがくほど苦しくて仕方なかった日々もありました。 反発したり、困らせたこともありました。 今度は、家族が私に与えてくれた無償の愛を、私が返していく番であると認識し ています。 大人になるということは、愛情の連鎖を断ち切ることではなく、新しく今度は、 自分が愛情を誰かに与え、増やしていくことなのではないでしょうか。 以前もご紹介した《マザー・テレサの言葉》 が私の脳裏をよぎりました。 「飢えは食物がない、ということではありません。愛に飢えるのも、飢えです」
「食べ物の飢えは、精神的な飢えである愛の飢えよりもずっと取り除きやすいのです。 これは、多くの物をもつ国である日本でも、かなり目立つだろうと思います。 望まれない、愛されない、大切にされない、忘れられたと感じ、誰もほほえみかけて くれず、誰も手を握ってくれない、このような人々は誰からも見捨てられています」 「いまや、望まれないこと、愛されないことの方が、ハンセン病や結核やガンなど よりもずっとひどい病です。病気の人々に対しては、薬がありますが、孤独な人々や 望まれない人々に対しては、あなたの愛や私の愛だけが、その苦しみを取り除くこと ができるのです」 心のひもじさを抱えた子どもたちを救うのは、気づいた大人の役目だと感じました。私に出来ることとは何か?あなたに出来ることとは何か?自分にできることを行うこと、ふと周囲を見渡した時に、 苦しんでいる方々の存在に気づかされます。 共に悩み、絶望のどん底に落ちていると感じられている方々に 手を差し伸べ、解決の方向に一緒に進んでいくことが大切なの ではないでしょうか。 「食」を通じ、色々なことを考えさせられました。 今回は、九州大学の取り組みや弁当の日の取り組みの実践事例も 多く紹介されていました。 これから、九州地方だけでなく、全国に広がり、関東地方でも 広がっていく活動であると確信しています。 私も食育研究を継続し、ご報告していきたいと思います。 九州弁当の日軍団 講師紹介佐藤剛史(さとうごうし)九州大学大学院農学研究院助教、農学博士。
専門は環境経済学。1973年、大分県生まれ。学生時代にNPO法人環境創造舎を立ち上げ、 代表理事に就任、里山再生活動、市民参加型のまちづくり、食育などの事業活動を展開。 年間の講演、ワークショップの回数は100回を超える。 著書に『ここ−食卓から始まる生教育−』(西日本新聞社)『弁当の日−食べ盛りの君たちへ』 (西日本新聞社)などがある。 内田美智子(うちだみちこ)助産師。1957年、大分県竹田市生まれ。1988年から内田産婦人科医院に勤務。
夫は同医院院長。同院内で子育て支援の幼児クラブ「U遊キッズ」を主催。 思春期保健相談士として、思春期の子どもたちの悩みなどを聞く。 九州思春期研究会事務局長、福岡子育てアドバイザー、福岡社会教育委員。 著書に『ここ−食卓から始まる生教育−』(西日本新聞社)。 「生」「性」「いのち」「食」をテーマに全国で講演活動を展開。 佐藤弘(さとうひろし)西日本新聞社編集委員。1961年、福岡県生まれ。
中学時代、有吉佐和子の「複合汚染」を読み、ふるさとの野山がおかされていくわけを知る。 百姓を志し、東京農大農学拓殖学科に進学するも、深遠なる「農」の世界に触れ、実践者と なることを断念。側面から支援する側に回ろうと西日本新聞社に入社。 システム開発部、日田支局、筑豊総局、経済部などを経て、現在、編集企画委員会で長期計画 「食卓の向こう側」の企画、執筆にあたる。 〜参考文献〜 ・『“弁当の日”がやってきた』シリーズ子どもの時間3 竹下和男(著)自然食通信社 ・『台所に立つ子どもたち』シリーズ子どもの時間4 竹下和男(著)自然食通信社 ・『玄米せんせいの弁当箱(1)』魚戸おさむ(著)北原雅紀〔脚本〕小学館 ・『玄米せんせいの弁当箱(2)』魚戸おさむ(著)北原雅紀〔脚本〕小学館 ・『玄米せんせいの弁当箱(3)』魚戸おさむ(著)北原雅紀〔脚本〕小学館 ・『食卓の向こう側(1)コミック編』魚戸おさむ〔作画〕佐藤弘 / 渡辺美穂〔原作〕 ・『ここ-食卓から始まる生教育-』内田美智子 佐藤剛史(著)西日本新聞社 〔西日本新聞ブックレット〕 ・「食卓の向こう側(1)」〜こんな日常どう思いますか〜 ・「食卓の向こう側(2)」〜命をつなぐために〜 ・「食卓の向こう側(3)」〜給食 未来をひらく〜 ・「食卓の向こう側(4)」〜輸入・加工 知らない世界〜 ・「食卓の向こう側(5)」〜脳、そして心〜 ・「食卓の向こう側(6)」〜産む力 生まれる力〜 ・「食卓の向こう側(7)」〜生ごみは問う〜 ・「食卓の向こう側(8)」〜食育、その力〜 ・「食卓の向こう側(9)」〜広がる輪〜 ・「ゼロから始める玄米生活 高取保育園の食事実践レシピ集」 ・「ゼロから始める玄米生活2 おかず編 高取保育園の食事実践レシピ集」 ・「生ごみ先生のおいしい食育」吉田俊道(著) あそう あきこ
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