5月31日に弁当の日のシンポジウムが東洋大学で開催されました!私も参加してきましたので、ご報告します。今回は弁当の日の提唱者である竹下和男校長先生と助産師の内田美智子先生の講演でした。
今回もグッと心に響いてくるお話の数々に感涙・・・・・。
一緒に行った友人も涙、涙・・・・・。
「食育白書」にも取り上げられたとのことでした。
これから多くの方がたにこの取り組みが知られることでしょう。
◎出典:弁当の日HPより
漫画『玄米せんせいの弁当箱』
皆様は「魚戸おさむさん」という漫画家をご存じですか?
漫画『家栽の人』が有名です。
私は魚戸さんの漫画のファンで現在も愛読しています。
魚戸さんが、週刊誌ビッグコミックオリジナルで現在連載中の
漫画『玄米せんせいの弁当箱』があります。
食について、生きるとは何かを問い続ける大学講師と大学生たち
の心温まる話です。とてもわかりやすくて心に響く漫画でおススメです。
私はいつも読むたびに感動しています!
その漫画で私は竹下校長先生の「弁当の日」の取り組みを知りました。
今年の1月にも、東京大学において「弁当の日シンポジウム」が開催され、
私は参加してまいりました。
私の中で苦しんでいた子供の私が、内田先生のつむぎだされる言葉で癒され
ていきました。
過去の自分と向き合うきっかけをいただいた「弁当の日」に、
皆様には心から感謝いたしております。
1月にも東京大学で行なわれました。
そのご報告は以下の過去の記事よりご覧くださいね。
「弁当の日」のホームページもあります。ぜひ、ご覧下さい。
◎弁当の日HP
内田美智子先生の最新著書に『いのちをいただく』があります。
今回のシンポジウムで朗読を聞かせていただきました!
涙が止まりませんでした・・・・・・・・。
ぜひみなさんにも知っていただきたいと思いご紹介します。
『いのちをいただく』(文 内田美智子/絵 諸江和美/監修 佐藤剛史)
「朗読を聴いて、うちのムスメが食事を残さなくなりました―六本松さくら(主婦)」
想像してみてください。
食卓に並べられたその肉に、その野菜に、輝く命があったことを。
私たちは食べ物を食べて生きている。生きることは食べること。すべての食べ物は命だ。
肉も魚も野菜も米も、すべてが種を残そうとする生命体だ。
人が生きるということは、命を頂くこと。殺すこと。
私たちの命は、多くの命に支えられている。それを実感したときに、食べ物のありがたみが分かる。
食べ物を粗末にしてはならないと分かる。(本文より抜粋)
◎出典『いのちをいただく』オビより引用
詳しくはぜひ一度ご一読ください!
紹介(西日本新聞社WebHPより記事引用)
本書は「命と食」をテーマに講演を行う熊本県の食肉加工センターに勤務する坂本義喜さんの体験談を基にした絵本です。坂本さんは「牛を殺す」という具体的な事例を交えながら、「動物の命を私たちはいただき、生かされている」ことの意味を問い続けます。
その講演録を、福岡県行橋市の助産師、内田美智子さんが物語り風にまとめ、佐賀県三瀬村の画家、諸江和美さんが絵をつけました。
物語は、小学校の授業参観をきっかけに、坂本さんと息子のしのぶ君が食肉加工センターの仕事について語り合う場面から、牛の「みいちゃん」を同センターに運び込んだ女の子の家族と、坂本さんとの出会いへと展開します。
巻末には、九州大学の佐藤剛史助教が農漁業や保育に携わる人たちを取材し、執筆した現場ルポ「いただきますということ」を収録しました。
竹下和男
綾上町立綾上中学校 校長。香川県出身。1949年生まれ。小学校教員9年、中学校教員10年、教育行政職9年を経て、200年度より綾南町立滝宮小学校校長に就任し、「弁当の日」をスタート。2003年度より国分寺町立国分寺中学校校長。
著書『台所にたつ子供たち』『弁当の日がやってきた』(自然食通信社)
〜お知らせ(弁当の日HPより)〜
東京FM81.3のラジオJ-WAVEで、竹下和男さんのインタビューがオンエアされます。
王理恵さんがナビゲーターを勤める番組です。
(関東圏内で聴けます)
<放送予定日>
6月14日(日)LOHAS SUNDAY(朝6:00-9:00)のうち、
7時からの『WATCH THE EARTH』のコーナーにて。
内田美智子
助産師。1957年、大分県竹田市生まれ。国立小倉病院付属看護助産学校卒業。福岡での病院勤務を経て、1988年から福岡県行橋市「内田産婦人科」に勤務。夫は同医院院長。同院内で子育て支援の幼児クラブ「U遊キッズ」を主催。思春期保健相談士として、思春期の子どもたちの悩みなどを聞く。九州思春期研究会事務局長、福岡子育てアドバイザー、福岡社会教育委員。「生」「性」「いのち」「食」をテーマに全国で講演活動を展開。著書に『ここ−食卓から始まる生教育−』(西日本新聞社)。
生きるとは何か?
食べるとは何か?
私たちは生きる中で、多くの命をいただいて生きています。その多くの命のおかげで
自分の体を動かすことが出来ます。
「食」について考えていくと、命の問題にぶち当たります。避けては通れない問題です。
子供たちの心に潜む闇の部分を明るい方向へ導くことが教育だと思っています。
大学時代に、色々な角度から「命」について研究を続けてまいりました。
学生時代の思いの数々が現在の私を築き上げ、今も私の心を支えて、社会貢献する
ために何をすべきかを教え、実行に移す力をそっと授けてくれている気がしています。
点滴がぽたりぽたりとゆっくりと流れ落ちる様子を、病院の一室でぼんやりと
眺めながら、何も食べなければ、このまま消えていなくなれるのにと考えていた
過去の自分がいます。
胃が痛くて痛くて自分にも絶望し、明るい未来なんて考えられず悲観的だった私。
食べ物が一切受け付けない状態で、点滴でかろうじて生き延びていました。
そんな生活の中で私の心に浮んできた思いがあります・・・。
点滴に含まれている栄養や薬は、人体に影響を与えないと保障されている。
口から食べ物を食さなくても、血管の中に直接多くの命が注ぎ込まれている。
いま自分の体に入っている点滴は、そもそも多くの犠牲のもとに成り立ち、
縁あっていま私の中に取り入れられている。
だから、私は独りではない。
私がいま生きているということは多くの命が共に生きてくれていた証だ。
たった独りだと思っていたけど、私を心配してくれる人がいた。
なんで気づけなかったんだろう!?
なんて身勝手だったんだろう!?
今を見つめ、その瞬間瞬間をせいいっぱい生きていく。
命は自分ひとりのものではない。
自分が存在することの稀有さを、生ある限り生きて私を支えてくれた
命たちに感謝して生きて行こう。
過日にブログにてご報告した時も、皆様からたくさんのお便りをいただきました。ありがとうございました。ご感想やご要望をメールまたはお手紙でいただければ幸いです。皆様からのお便りを楽しみに待っています。
あそう あきこ
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