過去を見る眼〜過去を主体的に見ることは、未来を考えること〜私たちは21世紀を生きている。
現在、墨田区には東京スカイツリーが建設途上であり、未来へ向かって
のび続けている。
その雄姿を毎日眺めていると、ふと私の心に浮かんでくる思いがあった。
東京スカイツリーの歴史をひもとけば、東京タワーとの対比が求められる
だろう。
東京タワーは高度経済成長時代へ向かっていくわが国の象徴でもあった。
外国に眼を転ずれば、それはフランスのパリ万博におけるエッフェル塔に
由来するといわれている。
今、私がキーボードを打っているこの瞬間にも、急速な速さで拡散して、
無数の未来が示されていく。
ツイッターで次から次へと情報が流れ出てくる渦の中で、
「正しい判断能力とはなにか!?」を考えるようになった。
ツイッターには本とはまた違った良さがある。
本と同じように携帯を開けば、ツイッターでは自由に情報を見ることができる。
子どもの頃をふりかえると、メールで日本のみならず世界と会話する自分を
想像することができなかった。
まだ慣れないが、毎日少しずつ使っていく中で思うことは、ツイッターの存在は
便利であり、21世紀を感じさせてくれるものの一つであろう。
「歴史とは現在と過去との対話である」 イギリスの政治学者・思想家のE・H・カーの言葉
『歴史とはなにか』清水幾太郎訳 岩波新書
1961年にE・H・カーは、ケンブリッジ大学で連続講義「歴史とは何か」を行った。
E・H・カーとの出会いは、大学時代にさかのぼる。
たしか、教職の調べものをしていた時に大学図書館で出会った。
時計が逆方向に戻っていくように、一気に本を開くと、先人たちの築き上げて
きた歴史がひもとかれ、私の眼前で繰り広げられ、過去の人物たちと私は対
話する。
一冊の本を繰り返し手に取り読み返す時、暗記して気に入ったフレーズを読み
心が落ち着くと共に、その時の年齢や状況によって、変化し進化し続けている
本の存在にびっくりさせられることが多々ある。
そんな瞬間、どこからともなく吹き抜ける風を感じ、扉が開き無限に広がる未来
が生まれていることに感動する。
多くの過去の情報が本の中に存在し、過去を語っているようで、現在が未来へ
と足をふみいれていることを実感する。
まさに、それが歴史的対話であり、現在の延長線上にある未来を考えていくこ
との意義を、私に再度教えてくれるのである。
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