無とは何か風に揺れて、静かにそっと散りゆく花たち。
薔薇の名を知っていても、野に咲く草には名がわからないものもある。
しかし、その無名、「無」とはいったい何であろうか?
私達人間が勝手に名づけ、勝手に思い込んでいるだけではないか?
大きな宇宙の意識の中で、これがあれでそれでとかいう、観念はないだろう。
みんな同じ、いのちの中で精一杯に生きている。
地球に生まれ、今生を生きる同士。
何気なく出会っているようでいて、必ず意味はある。偶然ではない。
私の知らない何かが、私を見守り、私を支えてくれているのだろう。
「唯一無二」私達、すべての生あるものが、今生を生き抜く、使命が必ずある。
すべてが稀有な存在であり必要なんだ。
不必要なものは何も存在しない。
ムダとわかるものの中に、もしかしたら、真実が眠っているのかもしれない。
私が味わってきたすべての現象は、私の苦しみは、私が人であり続ける限り、
私の意識の中で見え隠れしながら、生きていくだろう。
共存しながら、大切にするものであるのかもしれない。
着実に見えてきたものがある。
未だにわからないものも、たくさんある。
人生には自己決定権がある私の幸せは、私にしかわからない。
他者につくってもらうことなどできない。
私の人生には、私に決定権がある。
だから、自由なものなのだ。
束縛は誰にもできない。
多くの出来事は、偶然ではなく、私に「麻生晶子」として与えられた
人生を生き抜くために、必要不可欠なものだったのだ。
「人生に無駄なものはない」
よく言われる言葉だが、実感する日々である。
忙しさに日常に追われ、だんだんと自分を見失い、自分の感情さえ、
コントロールできなくなっていく。恐ろしくも、貴重な体験である。
歌を歌うこと、文を書くこと、絵を描くこと、写真を撮ること、
音楽を聴くこと、音楽を奏でること、踊ること、料理することetc.
自己を表現できるすべてのこと・・・。
私は私に課せられた使命を、しっかりと受け止めて、生き抜いていく。
私は必ず進めるだろう・・・。
夢を実現させるために恐怖に打ち勝つ勇気を、
恐怖をも受容できる心のしなやかさを、
常に弱者の視点から物事を見て、実行にうつしていきたい。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ





