あそうあきこの活動日記

【無所属】元 墨田区議会議員あそうあきこの活動情報「レッツトライ!すみだ」

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今から62年前、昭和20年3月9日夜から10日早朝にかけて、

東京はアメリカ軍による空爆を受けました。

東京大空襲 です。 

戦争によって親子が離れ離れになり、戦争の悲惨さを伝えている

墨田区横網の横網町公園内にある慰霊施設・東京都慰霊堂に、

その姿をかいま見ることができます。

少し前に、私は慰霊堂にお参りに行きました。

慰霊堂は、横網公園内にありますので、建物の前に広がる広場で和やかに会話したり

遊んだりしている、小さい子どもたちとお母さんたちの姿を見かけました。

ほのぼのとした光景を平和だなぁと思いながら、慰霊堂内に入りました。

慰霊堂内に入った途端に、ヒヤっとした感覚に包まれました。

慰霊堂はもともと関東大震災の犠牲者の方たちを弔うために建立されたそうです。

堂内には、関東大震災の様子などを描いた絵画と、空襲によって廃墟と化した街や

戦渦に巻き込まれ亡くなった方々の目を覆いたくなるような惨状を克明に写された

写真が展示されています。

初めて拝見した時は、あまりの悲惨さに背筋が凍りつき、

「この惨状を、決して風化させてはいけない!」 と強く感じました。

一晩で、10万人もの何の罪もない普通の暮らしを送っていた方たちの尊い命が失われたのです。

戦後半世紀以上過ぎ、現在の日本の平和があるのも、

多くの犠牲の上に成り立っている
のだということを、改めて認識させられました。

その後、私は当時(今から62年前)、墨田区(当時、本所区)の

小学生(当時、国民学校生)が疎開していた、房総半島の行元寺のことを知りました。

聞くところによれば、当時の外手国民学校の女子児童と引率教員の人たちが、家族と離れた

知らない場所で苦楽を共にしたとのことです。

当時、10代の方も今では70代になっていらっしゃるでしょう。

なぜ、墨田区(当時、本所区)と房総半島のいすみ市(当時、千町村)とに

親子が、兄弟が、姉妹が、バラバラに離れて暮らさなければならなかったのか。

戦争という極限状態において、当時の人々が味わった苦痛、失われたかけがえのない命の重さ

を考える時、その方たちの 声にならない魂の叫び が聞こえてくる気がいたします。

また、この行元寺こそ、有名な童謡「母さん 訪ねて」の舞台であり、

平和への願いを込めた「母さん訪ねて」の歌碑が現存しています。

いつも犠牲になるのは、何の罪もない弱い立場の人たちです。

戦争の事実を忘却の彼方に置き去りにしてはなりません。

悲しい戦渦を二度と引き起こしてはなりません。

私たち一人一人の心の中に、

日本の将来のために立ち上がり、

平和な未来を創り出していく決意を立てていく

ことを、提案いたします!


以下に、平和への願いを込めた、童謡「母さん訪ねて」の歌詞を記載いたします。


「母さん訪ねて」  

作詞:斉藤信夫 作曲:海沼実(編曲:若松正司)

まいごのまいごの こすずめは
おせどのやぶで
かあさんたずねて よんだけど
さらさらつめたい
かぜばかり かぜばかり

まいごのまいごの こすずめは
お寺の屋根で
かあさんどこよよと きたけど
ぼくぼくもくぎょの
音ばかり 音ばかり

まいごのまいごの こすずめは
お山のかげで
かあさんさがして 泣いたけど
きらきら夕日の
かげばかり かげばかり


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あそう あきこ
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