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本日は流山市視察最終報告です。 流山市 ―ビジネスライフとスローライフの両立を目指す―流山市は人口約15万人。
東京近郊にありながら、自然と田園、そして歴史文化に恵まれた 静かな住宅地である。 〜流山のイメージ〜良質な住宅地が緑の中に点在する街 流山!
〜流山市民の特長〜◎東京への通勤者が多い。
◎所得が高い市民が多い。 (一世帯あたりの課税対象所得率は首都圏26圏26位(※176都市中)。 東京23区と比べると杉並クラスに匹敵する。 ※東京都・神奈川県・千葉・埼玉・茨城県各県の特別区及び市 ◎四季と暮らしの質を楽しめる街であり、市民の満足度も高い。 永住希望者は約75%に上る。 ステキなお庭がたくさん造られていることに感動しました! 近藤勇、土方歳三が本陣とした時に戦勝祈願したと言い伝えられている。 慶応4年(1868)元新撰組局長近藤勇が陣営を敷き、ついに自首した地。 「ゆうぜんとして山を見る蛙哉 一茶」 流山は、俳人の小林一茶がたびたび訪れ、秋元双樹との親交を深めた地
でもあります。この句は流山市役所内にあります。 また、市内には「一茶双樹記念館」があります。 まだ訪れていないので今度ぜひゆっくり拝見したいと思います。 また、市内では俳句を楽しむ方々が多く、流山市俳句協会などによる小 中学生の俳句大会なども活発に行われているそうです。流山市では流山 歴史文化研究会(渡辺義正会長)との共催で「小林一茶まつり」が行わ れています。 小林一茶(1763-1827) は、安永6年(1777)の春15歳の時、故郷である信 濃の柏原から江戸に出てきました。 一茶にとって北総地方は「第二のふるさと」ともいうべき大切な場所だ ったそうです。 その当時、この地方には、俳人山口素堂の一派である葛飾派の俳人たち が多くいました。流山の双樹のもとには 50回以上も来訪したそうです。 流山は、こうした歴史的な背景から一茶の生まれ故郷・長野県信濃町と 姉妹都市や災害時の応援協定などを平成9年5月に締結しました。 その記念として、句碑が信濃町から寄贈されたそうです。 墨田区でも、浮世絵師・葛飾北斎の美術館で有名な「北斎館」がある、 長野県小布施町との交流がありますね。 その件については、今後ご紹介していきたいと思います。 私は小林一茶の句が大好きです。 以前、私のブログにも小林一茶について書きましたのでご参照ください。 ※ブログ「一茶忌に思うこと」http://blogs.yahoo.co.jp/akiko_miyu/18804005.html◎参考資料 ・「流山ウエルカムガイド」 ・「Designs for Your Lifestyle & Business Nagareyama」 ・「流山グリーンチェーン戦略」 ・流山市役所 HP http://www.city.nagareyama.chiba.jp/ ・「広報 ながれやま」平成20年8月1日 NO.1167号 総武流山電鉄1916(大正5)年開業という92年の輝かしい歴史を持つ【総武流山電鉄】に乗車しました!なかなかステキな趣がありました。千葉県流山市と松戸市を結ぶ、全長5.7kmの私鉄です。
現在に至るまで完全に独立した私鉄です。略して“流鉄”というそうです。 1916(大正5)年の流鉄開業当時は4駅、1961(昭和36)年に現行の6駅体制です。 都心から約1時間圏内でありながら単線です。 最大3両編成という少ない編成数ですが、現行車輌の全てが西武鉄道の第一線で 活躍した後に“流鉄”に入線したという経緯があるそうです。 “流鉄”には、全車輌にステキな愛称がつけられています。 今回私が乗った車輌は「明星」です。一般公募によりこの名前が付けられ、それ に合ったカラフルな塗装がなされたそうです。 「なの花」「流星」「流馬」「若葉」「明星」「青空」など。 1日の平均利用者数は1万人を超えているそうです。 流鉄の終着駅。総武流山電鉄株式会社の本社所在地。
「関東の駅100選」「房総の魅力500選」に選ばれている。 ◎出典:総武流山電鉄HP http://itsupin.hiho.jp/ryutetsu/ 市民運動出身の国際感覚あふれる政治家。
100年先を見渡したまちづくりを基軸に、市民の目線に立った 施策を打ち出している。 「都市には都市の顔があり、その都市像に責任を持つのが首長である」 との信念のもと、日夜精力的に活動をしている。 あそう あきこ
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