AFP ROSLAN RAHMAN 2011年03月28日 18:08 発信地:仙台/宮城
東北地方太平洋沖地震・津波では、多数のペットたちも被災した。
飼い主とはぐれたり死別したペットたちは、今も被災地に取り残
され、けがやエサ不足のなか必死に生き抜こうとしている。
被災地では数は少ないながら動物専門の救助隊も活動している。
震災直後の数日は「被災地で動物の姿を見つけることはできな
かった」と、動物愛護団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々
の会)のアシュリー・フルーノ(Ashley Fruno)氏はAFPに語った。
「泥の上に足跡をいくつか見つけたけれど、途中で途切れて
しまっていた」
しかしその後、ゆっくりではあるが着実に、飼い主たちとはぐれ
たペットたちが姿を見せはじめた。
倒壊家屋の中から、自力で外に出てきた動物たちも多い。
震災後まもなく複数の動物愛護団体が結成した「JEARS(Japan
Earthquake Animal Rescue and Support)」は、被災地でペ
ットの保護活動を行っている。
ボランティアの獣医師らがけがをしたペットを治療している
ほか、飼い主を失ったペットの一時避難先探しも引き受けている。
■避難所でトラブルも、飼い主には心の支えに
JEARSは、避難所でのペットをめぐるトラブルにも対応している。
獣医師の佐々木一益(Kazumasu Sasaki)さんによると、避難所
ではペット連れの被災者とそれ以外の被災者との間で摩擦が起き
ている。動物アレルギーがある人もいれば、鳴き声や犬同士の
ケンカに苦情を言う人もいる。
ペット連れでの避難所入りが拒否され、損壊した自宅にとど
まることを選ぶ被災者も出ている。
JEARSコーディネーターのイザベラ・ガラオン青木(Isabella
Gallaon-Aoki)さんは、ペット連れで避難した被災者に対し、
一時的にペットを施設に預けるほうが良いと説得しているが、
なかなか難しいと語る。
「ペットを家族の一員と考える人が多い。震災の後で、
ペットだけが心のよりどころという人もいる」
夫と飼い犬モモとともに仙台市内の避難所に暮らすタカザワ・
トミさん(65)は、苦情を受けながらも、モモを手放す気はな
いと断言した。
「モモだけを連れて、他には何も持たずに逃げてきたんです。
一緒にいないのは想像できません。ここで飼ってはいけない
と言われたら、出て行くつもり」
■ネコの島の奇跡、飼い主探して泳ぎ続けた秋田犬
震災では、津波で2キロも内陸まで流されて水田から救助された
イルカなど、奇跡的に助かった動物たちの話も少なくない。
人口より猫の数が多く「猫島」として有名な宮城県田代島(Tashi
rojima)も津波に襲われたが、ほとんどの猫たちは奇跡的に無事
だった。
仙台市在住のカマタさんは、大津波が来ると近隣住民に知らせて
回った後で、飼っていた秋田犬を助けに自宅に戻ろうとしたが、
押し寄せる波に阻まれてしまった。
「もうだめだと思いました。すごく悲しかった」
だがその夜、身を寄せた避難所でカマタさんは、外で犬のほえる
声を聞いた。
「あいつでした。きっと泳いでわたしを探し出したんでしょう。
海水をたくさん飲んでいて、吐いてばかりで、どのみちもう助
からないと思いました。でも、持ちこたえてくれました」
と、カマタさんは語った。
毎日新聞 2011年4月2日 11時47分(最終更新 4月2日 12時10分)
東日本大震災:海保、漂流の犬も救出…気仙沼沖1.8キロ
特殊救難隊員に救助された犬=海上保安庁提供
漂流していたところを第3管区海上保安本部の特殊救難隊に救出される犬=宮城県気仙沼市本吉町の沖合約1・8キロで2011年4月1日午後5時ごろ(海上保安庁提供)
1日午後4時ごろ、宮城県気仙沼市本吉町の沖合約1.8キロの海上で、
漂流していた屋根の上に犬がいるのを、第3管区海上保安本部(横浜)
所属の特殊救難隊が見つけ、約1時間後に救出した。
地元の第2管区海上保安本部(宮城県塩釜市)によると、同救難隊は
東日本大震災の行方不明者を捜索するため海上をヘリコプターで飛
行中に犬を発見。ヘリコプターから助けようとしたが、犬は海上にあっ
た木材などに飛び移って逃げた。隊員3人が救助艇で再度近寄り、
最後は救助用の担架に乗ったところを助け出した。
犬は黒っぽい首輪をつけていたが、飼い主の住所などは書かれてい
ない。海保の巡視船の中でビスケットやソーセージを食べ、おとなしく
しているという。
毎日新聞4月2日15時0分配信
東日本大震災 ゴンだけが残った…自宅付近で4日後 宮古
東日本大震災の津波被害を受けた岩手県宮古市の田老地区で、
コンビニエンスストア経営、山本義宣さん(57)一家は全員が死亡・
行方不明になったが、飼い犬のゴンは奇跡的に生き残った。
同じ町内で被災した山本さんの姉百合子さん(59)は
「すべて流されてしまった中で、ゴンは唯一の形見です」
と話し、ゴンを引き取ろうと考えている。
愛犬家の山本さんはゴンの散歩を朝晩欠かさず、口癖は
「ゴンも扶養家族にしたい」だった。
津波でコンビニも自宅も被害を受け、山本さんは死亡、妻園子さん(56)、
同居していた母チヤさん(82)は今も行方不明だ。
百合子さんは地震直後、夫とともに軽トラックで避難所に逃れ、山本さん
一家を捜した。山本さんとは携帯電話のメールでお互いの避難状況を
確認し合っていた。
弟からきた最後のメールは
「大丈夫か? 本当にちゃんと避難したな」
だった。
避難所で、「(山本さんの)コンビニは津波でめちゃくちゃ」「(地震で
停電したため)津波が来る直前まで水やロウソクを求める客に対応
していた」と聞き、「覚悟を決めた」という。
「ゴンのような犬が山本さん宅のあったあたりにいた」と連絡があった
のは被災から4日後の朝。近所の人が山本さん宅付近でうろうろして
いる犬を見つけ、車に乗せて避難所まで運んだ。
特徴のある茶色と黒が交ざった背中としっぽの毛。
百合子さんが「ゴン」と呼ぶと車から降りて駆け寄ってきた。
百合子さんは「おまえだけでも生きていて良かった」と涙を流し、
抱きかかえられたゴンは足を震わせていた。
周辺の家屋はすべて津波で倒壊しており、家にいたゴンがなぜ生き
延びられたのかは分からない。飲まず食わずで飼い主を捜していた
のか、水を与えると一気に飲み干した。
今でも海のある方向に連れていこうとすると足を踏ん張り、余震には
体を震わせ、おびえているようだ。
百合子さんはゴンを被災を免れた知人に預けた。
いずれ引き取るつもりだ。
「散歩するたびに弟一家を思い出すでしょう。
『大丈夫、ゴンとちゃんと一緒にいるよ』と言いたい」 【石戸諭、伊澤拓也】
心温まるニュースに寄せて〜新たな決意〜
節電を心がけて、薄暗闇の中でパソコンに向かっています。
ひときわ、パソコンの明かりが光っています。
外では、花明かりが隅田川を照らしていることでしょう。
桜を愛でる心のゆとりを持つことも大切かもしれません。
悲しみだけでなく、心温まるニュースも多数耳にしました。
泣くまいと決意しましたが、やはり泣いてしまいました。
被災地で闘いつづけている全ての皆様に、心から御礼を
申し上げます。
日に日に増え続ける痛ましいニュースに、胸を痛めていた
皆様から、
「犬が助かって良かった!心が安らいだよ。本当に良かった」
「動物だって同じ命だ!助けてあげてほしい」
「何も出来ない自分が歯がゆい。だから義捐金を続ける」
「テレビに釘付けになり、心底嬉しかった。海上保安庁の
人にお礼が言いたい」
その他も様々な声が届きました。
お話しできた方は、涙ながらに語られていて私も泣いて
しまいました。
しかし、私が泣いていても解決の方向に進みません。
被災者の方々、被災動物たちに対して、私が流す涙を、
同情の涙にとどめてはならない。
どうしよう?と止まるのではなく自分にできることは何か?
刻一刻と変化してきている状態に対応することが求められ、
必要なもの何か?行動するべきことは何か?
東京で起きた場合のケースではどうなるのか?
・今の自分に課せられた役目を全うすること。
・声が出せない人々の声を届けること。
・声なき声に耳を傾け、対応策を見つけ出し実行すること。
・私が冷静に考え、即対応できる心構えをもって進むこと。
その他もいろいろと問題は山積です。
動物たちは話すことができません。
だから、代弁者が必要なんです。
家族を絶対に見殺しにはしません。
せっかく助かった命です!!
みんなで守っていきましょう!!
決意を新たにし、更に独自に調査を進めております。
毎日の活動を継続し、一日一日を振り返り、自問自答し
ながら、発信し続けております。
また、ご報告します。