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「詞華(しか)」(美しくすぐれた文章や詩のことです
大学時代に日本文学を研究していた時に、春夏秋冬の季節の中で 生まれた、いにしへの人々のステキな和歌とたくさん出会いました。
いつも感性豊かな作品に出会うたびに嬉しくなります
ちなみに、バラが日本で最初に登場するのは『万葉集』です。
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こんにちは、ゲストさん
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「詞華(しか)」(美しくすぐれた文章や詩のことです
大学時代に日本文学を研究していた時に、春夏秋冬の季節の中で 生まれた、いにしへの人々のステキな和歌とたくさん出会いました。
いつも感性豊かな作品に出会うたびに嬉しくなります
ちなみに、バラが日本で最初に登場するのは『万葉集』です。
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新緑がまぶしい
公園などで新しく生えてきたやわらかな和草(にこぐさ)を
見つけるたびに嬉しくなる今日この頃です
墨田区を自転車で走っていると、道端のあざやかな
ツツジに目を奪われます
いまとてもキレイに咲き誇っています
ツツジを見ていたら、今の季節にふさわしい詩を思い出した
ので、ご紹介したいと思います。
私は杜甫の詩が好きです
本日も書いてみました。
『絶 句』 杜甫(盛唐)〜書き下し文〜
江は碧(みどり)にして鳥逾々(いよいよ)白く
山は青くして花燃えんと欲す
今春看々(みすみす)又過ぐ
何れの日か 是れ帰年ならん
〜現代語訳(あそう あきこ)〜
錦江は深い碧(みどり)につつまれ、水面に浮ぶ鳥はますます白く、
山の樹々もみどりになり、花は燃えるように赤い。
今年の春もあっという間にみるみる過ぎ去って、
ふるさとへ帰れる日はいつの日になることだろう。
ちなみに「錦江」とは四川省成都を流れる川のことです。
この詩を杜甫は苦難の人生の旅の末にたどり着いた
蜀(四川省)の成都で作りました。
眼前にあざやかな春の風景が浮んでくると共に、杜甫の
故郷(河南省鞏県)へのせつなる思いが伝わってきます。
4月30日は竪川中学校のPTA歓送迎会に出席しました。
あたたかな陽射しの余韻が残る中、光放つ季節が到来し、
新しい出発にふさわしい日でした
先生方、PTAの方々、地域の方々と共に、私も子どもたちの
教育のために尽力していきたいと思います。
GWの天気は行楽日和
皆様の休日が素晴らしいものとなりますことを心から祈っています。
これからも日々気づいたことをお届けしたいと思います
あそう あきこ
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難しい問題にぶつっかった場合でも、それに負けてしまはず、微笑して考へればそこに解決の道はあるのです。吉岡彌生 (「微笑は長壽の秘訣」より)上記の言葉は自分がしてきた苦労を糧として、どんなときにでも微笑を忘れず、朗らかにかろやかに駆け抜けた女医育成のパイオニア・吉岡彌生です。どんな道にも必ず時代を創ってきた先覚者がいます。明治になって、女性が医術開業試験を受けることができるようになりました。 1885(明治18)年に初めて女医となったのが荻野吟子です。 吉岡彌生が生きた明治時代は、女子が医学を志すことが困難を極めていました。 1892(明治25)年に日本で27人目の女医として、21才で女医となります。 24才のとき学んでいた至誠学院の吉岡荒太院長(ドイツ語の師でもある)と結婚し、 1897(明治30)年に東京至誠医院を開業します。 母校の済生学舎が女子の入学を拒否し、後進の女性たちが医者を目指す道が閉ざされ かけました。そんな時、吉岡彌生は立ち上がります。1900(明治33)年に同医 院内の一室に日本初の女医養成機関である東京女医学校(現 東京女子医科大学)を 創設します。女医亡国論や職業婦人の排斥論も盛んな時代の中、懸命に奮闘し女医の 育成に尽くしました。 吉岡彌生の人生は、苦労の連続でしたが、常に笑顔を絶やさないことで、どんな逆境でも乗り越えてきました。「微笑の人は必ず長壽を得ます」と言いきり、89歳の天寿を全うしました。吉岡彌生の人生を知った時、今の私の苦労など砂粒ほどのものであったと感じました。うまくいかないことがあっても諦めない。懸命にやり続けることが大切ですね。「微笑して考へる」ようになってから、「いつも楽しそうだね」といわれることが多くなった気がします。彼女から女の底力、一度決めたらゆるがない一本の道を歩いていくパワーをいただきました。すばらしい出会いに感謝し、更にパワー全開になりました。いま寒さも吹っ飛ぶような、清々しい思いでいっぱいです!「至誠一貫」一生を通じてすべての人に「まこと」の心で接するという意味です。
吉岡夫妻は、至誠の心で生き、至誠をもって貫き、東京女医学校創立という大業 を成し遂げました。 人と交わる時は、いつでも真剣に誠実に接し、偽りのない真実の心で尽くしていた 二人の生き方こそ、「至誠一貫」でありました。所蔵/東京女子医科大学史料室 ◎出典:吉岡彌生記念館HP(記事引用) ◎参考文献・資料・情報 ・『来るものゝ爲に』吉岡彌生(著)〔相模書房〕 ・『愛と至誠に生きる 女医吉岡彌生の手紙』酒井シヅ(著)〔NTT出版〕 ・『吉岡弥生伝』吉岡弥生女史伝記編纂委員会〔東京連合婦人会出版部〕 ・『この十年間 續吉岡弥生伝』吉岡彌生(著)〔学風書院〕 ・『吉岡弥生』高見君恵編(中央公論事業部 1960年) ・『愛の天使をゆめにみて女性のための医学校を作った吉岡弥生』日野多香子(著)〔PHP研究所〕 ・『吉岡彌生伝』武田勝彦(著)大東町教育委員会 ・『しあわせの言の葉』山下景子(著)〔宝島社〕 ◎掛川市HP「吉岡彌生」についてhttp://lgportal.city.kakegawa.shizuoka.jp/bunka/culture_history/kyodoijin/yayoi.jsp◎吉岡彌生記念館http://lgportal.city.kakegawa.shizuoka.jp/kanko/south/yayoi.jsp◎東京女子医科大学「大学史料室・吉岡彌生記念室」http://www.twmu.ac.jp/U/facilities/f06yayoi.htmlあそう あきこ
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街のイルミネーションが煌めいていて、つい見とれてしまいますね。 先日ブログの背景もクリスマスバージョンに変更しました。 皆様はいかがお過ごしですか? 冬枯れの木立を眺めながら、自転車で走っている時に、 ふと星野立子さんの俳句を思い出しました。 「寒さ」を「たのし」と感じることって難しいですね。 なかなかそう思えませんが、心の持ち方ひとつで「辛いなぁ」って 思うことも楽しくなってくるのかもしれません。 私は冷え性なので、まだほんの冬の入り口にさしかかったばかりなのに、 冬眠しかけていましたが、この句をつぶやいていると自然と温められて いく気がします。星野立子さんの句にはそんな不思議な魅力があります。 朝起きるのが寒くてお布団から出たくなくて、辛い季節でもありますね。 そんな時、私はお布団の中で、新しい日に飛び込む準備として、楽しいことを 考える時間を持ち、思いっきり猫のように伸びをしてから起きるようにしてみ ました。 言葉にならない思い、抱え続ける思い出に背中を押されながら、生きていく私 ですが、おもいっきりをよくして生きる、不安をエネルギーに変えていく中で、 自分の心をコントロールする術を身につけることができるようになったのかな と思います。でも、まだまだ操縦は危ういですが・・・・・。 人生に起きる荒波を乗り越えたと感じた瞬間は心地よいものです。 昨年の冬と比べると、自分でいうのもなんですが、本当に心が落ち着いている ので、毎日が楽しいことばかりです。 明日もきっと気づかないほどさりげない変化があると思います。 まだ未ぬ出来事や出会っていないものに期待をしながら眠りにつきます。 星野立子は高浜虚子の娘である。
俳句雑誌「玉藻」を創刊し、俳壇で初の女流主宰者となり、俳句初心者の 誘導と婦人俳句(女流俳句)の拡大を目指した。 虚子は雑誌欄の選を立子と共選し、巻頭言「立子へ」を毎号執筆するなど 立子への援助を続けた。 後に中村汀女(なかむらていじょ)と出会う。立子と汀女は「ホトトギス」 の女流俳人の双璧となり、昭和を代表する女流俳人となる。 ◎出典:週刊日本の歳時記32「山茶花の垣」 ・俳人ものがたり32「星野立子」俳句研究家 吉野十三夜より あそう あきこ
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