10月に入り、毎日涼しいですね。
この季節になると実家の庭に咲いていた【紫苑】の花を思い出します。
私は紫苑の強い生命力に感動し、吹き荒れる強風にも決して負けない姿に
芯の強さを感じ、この花を見るたびに頑張ろうと思ったものです。
風が吹くたびに紫苑が揺れる光景は、今でも忘れることができません。
10月の誕生色は「野に咲く紫苑の明るい紫色」の
【想紫苑(おもわれしおん)】です。
そんなことを考えていたら、 石垣りんさんの詩を思い出しました。
「用意」 石垣りん
それは凋落であろうか
百千の樹木がいっせいに満身の葉を振り落すあのさかんな行為
太陽は澄んだ瞳を
身も焦がさんばかりにそそぎ
風は枝にすがってその衣をはげと哭く
そのとき、りんごは枝もたわわにみのり
ぶどうの汁は、つぶらな実もしたたるばかりの甘さに
重くなるのだ
秋
ゆたかなるこの秋
誰が何を惜しみ、何を悲しむのか
私は私の持つ一切をなげうって
大空に手をのべる
これが私の意志、これが私の願いのすべて!
空は日毎に深く、澄み、光り
私はその底ふかくつきささる一本の樹木となる
それは凋落であろうか
いっせいに満身の葉を振り落す
あのさかんな行為は―
私はいまこそ自分のいのちを確信する
私は身内ふかく、遠い春を抱く
そして私の表情は静かに、冬に向かってひき緊る。
◎出典:『空をかついで』石垣りん著(童話屋)
石垣りんさんが、秋の訪れの中に「自らのいのちを確信」
したように、私も秋が来るたびに様々なことを思い出し、
冬に向かう中で日々緊張感を感じます。
私の人生において「たくさんの出来事があった季節は秋である」
といっても過言ではないでしょう。
深まりゆく秋の街並みの中に面影を探す。
深紅からボルドー色に染まりゆく忘却の心に人知れず涙する。
孤独を愛すことは、生を受けた意味に一歩近づくことだと教えて
くれた存在。
追憶の彼方に眠り、一生記憶から消えることがない大切な存在。
それらを想う時、私は自らのいのちを確信することができます。
毎年秋がめぐり来るたびに、どんなことがあろうとも、生き続けて
いかなくてはならないことを再確認します。
日々の喧騒の中で見え隠れしながらも、私が生きて思い出す中で
傍らで見守り続けてくれる存在に、心から感謝しています。
あそう あきこ
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