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文学/読書
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先日、一面に広がる菜の花たち(千葉県山口農園)を見て、 自然の中で懸命に咲き誇る姿に心が揺れた。 「キレイだなぁ」と感じる心を隠すことができなかった。 人は感動した時、動揺した時、思いがけないことに出会った時、 心のふるえを感じるだろう。 田中裕明さんが「いつまでもからだふるへる菜の花よ」と詠んだ 【ふるへる】心とは!?彼が隠すことができなかったものとは何か!? 眼前に広がる菜の花の中に、不意に過去の記憶がよびおこされ、急に ドキドキしてしまったのかもしれない。 菜の花に託した誰かへの想いに耐え切れずにふるえ続けたのかもしれない。 菜の花にうながされて長年悩んでいたことへの答えが浮かび、その衝撃の 大きさに驚いてふるえてしまったのかもしれない。 五七五の短詩の中に込められた思いを想像するたび、たくさんの感情が 私の心の中で広がり続けて、心を豊かにしてくれた。 作者のことを知れば知るほど、たくさんの思いを体験することができた。 自分ひとりでは絶対に体験できないほどの多くの人生も垣間見ることができた。 心が揺れた瞬間に句が生まれ、五七五の中に凝縮された想いは、詠んだ人の 想いを越えて、読者の心情によって、読みとり方は異なり多岐にわたるだろう。 俳句の面白さはそこにあるのではないか!? 学校の勉強ではその面白さ、楽しさは半減してしまう。 暗記するだけで、詩歌の勉強が終わってしまうことが本当に惜しいと思う。 《いつもこの線路を菜の花色のいすみ鉄道が走っています》 大地が【春を迎えたことの歓び】を、全身で表現しているかのように、今年も 光り輝く菜の花を咲かせた。 そして、春曇りの空にいつの間にか光が射し始めた瞬間、私の背中にポッと、 【羽が生えた】ことを感じた。 過去を解き放った私の心は身軽になり、大気の中に溶け込んで、いま自由に 好きな場所へ飛んでいけるようになった気がする。 今年の春が終わりを告げても、私の【心の瞳のカメラ】で、撮影した 【菜の花】は、いつまでも消えることは決してないだろう。 【記憶という名の写真】として、私が生き続ける限り【心のアルバム】 の中で永遠に咲き誇り続けるから・・・。あそう あきこ |

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血涙の記憶から明日への希望を見出す戦争について考えていたら、私が学生時代に最も影響を受けた 詩人である茨木のり子さんの詩が浮かんできました! 大正15年生まれの茨木さんは、昭和20年、20歳でした。 空襲に怯え、毎日死を覚悟しながら生きていた暗黒の青春時代。 心で血の涙を流しながらも、愛する家族を、愛する人を、笑って 戦地へ見送り続けた女性達・・・。 戦後、自分が愛する人を殺してしまったのではないか、自分は生 き残ってよかったのかと、罪の意識に苛まれた多くの女性達・・・。 戦争をくぐり抜けてきた、茨木さん達の苦しみと悩みは、はかり しれません。 ☆絶望の状態から明日への希望を見出す心 ☆焼け野原から復興への決意を固めた人間の強さ ☆残された命を懸命に生きる中で背負い続ける罪の意識 ☆次世代へ自分達の戦争体験を語り継ぐ強い意志 そんな彼女達の思いを、愛する人を奪い取った戦争の悲惨さを 代弁した詩が、「わたしが一番きれいだったとき」です。 「わたしが一番きれいだったとき」 茨木のり子わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって とんでもないところから 青空なんかが見えたりした わたしが一番きれいだったとき まわりの人達が沢山死んだ 工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった わたしが一番きれいだったとき だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった 男達は挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差だけを残し皆発っていった わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた 禁煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の甘い音楽をむさぼった わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのようにね ◎出典『おんなのことば』茨木のり子著(童話屋) 「わたしが一番きれいだったとき」との出会い18歳の3月、私は東京で一人暮らしを始める準備と自分の未来への ビジョンを色々と思い描き、ウキウキ気分でした。 そんな時期に、この詩と出会いました。 すべて「わたしが一番きれいだったとき〜」の書き出しで始まり、 次々に語られていく、茨木さんの詩に込められた思いを感じた時、 ウキウキ気分だった当時の私は、ちょっとシュンとなったことを、 今でもよく覚えています。 過ぎ去った日々を懐古する気はありませんが、学生時代の記憶をひも 解く時、甘美と自由に彩られていたことに気づかされます。 平和な時代に青春を過ごせたこと、勉強することができたことに、 いま改めて感謝の気持ちでいっぱいです。 茨木さんは、平成18年2月19日に亡くなられましたが、現在も多くの 女性たちの心を叱咤激励し、勇気を与え続けています。 茨木さんは、常に私の背中をポンと優しく押してくれる存在です。 戦後を代表する詩人として、これからも永久に生き続けることでしょう。 ※「私の好きな詩― 茨木のり子 ―」↓http://blogs.yahoo.co.jp/akiko_miyu/7712654.html あそう あきこ
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