『朝 あさ』 谷川俊太郎/詩 吉村和敏/写真 アリス館
左からみると絵本、右から読むと詩集です。
とてもキレイな写真と共に詩が織り成されています。
本日は私が「大好きな詩のご紹介を中心にいのちについて」
考えていることをつれづれと述べたいと思います。
「朝のリレー」 谷川俊太郎
カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
以下は谷川俊太郎さんの言葉「おはよう」より引用抜粋です。
よがあけて あさがくるっていうのは、あたりまえのようでいて
じつはすごくすてきなことだから。
なんだかおひさまに、ありがとうっていいたくなる。
だれかにおはようって、こえをかけたくなる。
谷川俊太郎さんの詩
昔から谷川俊太郎さんの詩が大好きで、詩集をよく読みました。
この詩は私の大好きな詩を書き留めているノートに常にあります。
この詩の主題である「必ず地球のどこかで朝が始まる」。
とても素敵な表現の詩で想像するだけで気分が爽快になれます。
現在は夜の日本ですが、時差によってはどこかの国では昼ですね。
過日にニューヨークの友人へ書いた手紙の中にキレイな朝陽のポストカードに
この詩を書いてプレゼントいたしました。
めったに会えなくても同じ地球に存在してくれている。
とても心強くもなれるし、微笑むこともできます。
以下は吉村和敏さんの「あさの不思議な力」より引用抜粋です。
朝にはただうつくしいだけではない、不思議な力が隠されているような気がします。
夜明け前におき出し、この地球上のどこにでもやってくる朝を全身で受け止め、
感じてみる。
もしかしたらこれが、最も簡単で贅沢なときの過ごし方なのかもしれません。
朝はどの国にも必ず訪れる
以前、だんだんと明るくなりつつある稜線を見たことがあります。
昨日までの様々な思いが少しずつ朝陽に吸収され、なくなっていきます。
生きて今日が迎えられたことの喜び。
ちっぽけな悩みからの開放を感じる瞬間。
吉村さんの言葉にもあるように、一瞬、なんともいえない不思議な感覚に
とらわれた朝のひとときを思い出します。
その感覚を思い出すのと同時に、朝の訪れを喜びととらえることが
できない人々もいることが胸にチクッと刺さります。
紛争地域の人々、戦争状態の人々、飢えに苦しむ人々・・・。
TBS番組「いのちの輝きスペシャル」
日付が変わってしまいましたが、本日(10/8)
TBS番組「いのちの輝きスペシャル」を見ました。
番組を見ながら上記の詩を思い出し、色々と考えさせられました。
ご存知かもしれませんが番組紹介をします。
三夜連続の第一日目
「生きる」ということ…小さな命を救いたい・・・
〜悲劇の大地で闘う日本人たち」
自分のために生きることは、誰かのために生きること
以下はTBSのHPから引用させていただき加筆しました。
【ボリビア】 野原昭子さん(50歳)
南米の最貧国のひとつともいわれるボリビアで、障害者自立支援施設を一人で
立ち上げて運営している。
元シスターの野原さんの姿にマザーテレサを思い出しながら、番組を見て
いると、野原さんは7歳の頃、障害を持った2歳の妹さんを亡くしたそうです。
大変辛く悲しい過去を持ちながらも、その無念の思いをボリビアの地で、
野原さんは「ボリビアの子ども達と共に生き、彼らの成長こそが生きがいである」
と語っておられました。
野原さんの強い信念に感銘を受け、色々な思いが心を駆け巡りました。
【カンボジア】 赤尾和美さん(44歳)
看護師である赤尾さんは、日本での経験を活かし、海外の看護に携わる
ようになり、アンコール遺跡群があるカンボジア・シェムリアップ で、
1999年看護師の指導者として「アンコール小児病院」を訪れたそうです。
元来、病院で治療を受けるという習慣のなかったカンボジアの人々に、
医療の必要性を伝え続け現在に至っています。
そして、様々な事情で診察を受けられなかったり、あるいは通院が困難な
人々のために、訪問看護を考え大きな成果をあげ、カンボジアの人々から
頼りにされています。
日本人の常識が通らないカンボジアでの活動に、苦悩した時期もあった
そうですが、
「一人でも多くの子どもたちの笑顔を取り戻したい!」と語っておられた
瞳が輝いていました。
また、赤尾さんがある夫婦が、畑に捨てられた障害がある子どもを育てている
話を語ってくれました。
その養母の方の言葉に私も大変感動いたしました。
「子どもがいる暮らしがこんなに素晴らしく充実したものだとは知らなかった。
だから大変なんてことはない。毎日毎日が喜びなのだから・・・」
【サハラ砂漠のドクトール】 谷垣雄三さん(66歳)
谷垣さんは苦しんでいる人々を助けたいという強い信念のもと、
奥さんと共に、1982年、JICAの派遣医師として、国土の3分の2が
サハラ砂漠という西アフリカ・ニジェール共和国の首都・ニアメの
国立病院に赴任しました。
以来、医療施設の少ない地域での、援助に頼らない医療を実現させようと、
1992年春に、8000万円の私費を投じて病院「テッサワパイロットセンター」
を設立しました。
谷垣さんたちが資金不足に悩みながらも、温かいまなざしで患者たちと
接する姿に感銘を受けると共に、荒廃している日本の家族の問題、いのち
についてさまざまな思いがよぎりました。
『マザー・テレサ 愛の花束』 中井俊巳著 PHP研究所
マザー・テレサの言葉
番組では、それぞれの立場から「いのちについて語る真摯なまなざし」
に大変感動いたしました。私が尊敬するマザー・テレサは、彼女の生き方、
活動に感銘を受けた、日本のボランティアの学生に、現在も私の活動の心の
支えともなっている次のような言葉を残しました。
「わざわざカルカッタまで来なくても、
あなたがたの’’周辺のカルカッタ’’
で働く人になってください」
また、マザー・テレサは、物質的に貧しい人よりも精神的に貧しい人の方が、
今日の社会ではより深刻な問題であると考えておられました。
「あなたの身近な小さなことに誠実に、親切になってください」
日常生活の中で、マザー・テレサの教えは、私の中で
常に生きて語りかけてくれます。
小学生の頃から一日が終わる前に、日々の感謝と共に、
今まで出会うことができた人々、動物たちに「ありがとう」
と伝え、これから出会う全ての出来事たちへの期待を念じ
ながら眠ることが習慣となっています。
小学生の頃は口に出して言っていたのですが、現在は心の中で
つぶやきながら目を閉じます。様々なものが頭をよぎり、私の
一部となって明日へつながることを感じます。
ちなみに私は大学生の時に縁あってインドを訪れたことがあります。
インドの大地で、大変貴重な体験をすることができ、大きな
カルチャーショックを受けたことを、思い出しました。
様々な体験は私の中に吸収され、常に私を突き動かしています。
インドの旅については、また機会を作って述べたいと思います。
あそう あきこ
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