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月冴ゆる季節となり、寒さが増してきました。皆様はお元気ですか?
多くの撮影した花の写真を見ていたら、ふと思い出したことがあります。
本日はつれづれと、「花を通じて考える国際交流」について述べます。
ダリアはメキシコ原産。メキシコでは薬草として古くから有名ですね。
ダリアは、日本には19世紀末に渡来したとされています。
房総で育った私にとって、メキシコは幼い頃から身近な国でした。
なぜならば、千葉県御宿に漂着したメキシコ人たちを、村人たちが
助けたことにより、日墨交流がスタートしたと伝えられていたからです。
ダリアは花が咲いている期間が長いので、浦島太郎からとって、和名
「浦島草(うらしまぐさ。ウラシマソウとは別)」とも呼ばれています。
これは私の勝手な推測ですが、江戸時代に漂流したメキシコ人たちに
とって、当時の日本人は、おとぎの国の住人のように思えたのではないか。
それと同じように、日本人が海外で漂流し、その国の人びとに救出され、
もてなしを受けた時も同じような感想を持ったのではないかと思います。
漂流したメキシコ人たちは私のふるさと大多喜町にも訪れました。彼ら
は後に徳川家康、秀忠と面会するまで千葉県に滞在しました。その歴史
から、現在大多喜町では、メキシコのクエルナバカ市と姉妹都市となって
います。江戸時代の人びとが誠意をつくし、信頼関係を築いたからこそ、
今日の日本とメキシコ(墨西哥)の友好関係ができたのです。
昨年は日墨交流400周年で、大多喜町にも訪問団が訪れました。
また、小学校の子どもたちは食を通じ、友好交流の大切さを学びました。
今年は、メキシコの独立200周年・革命100周年の記念すべき年でもあります。
◎城西国際大学制作の映像 「ドン・ロドリゴの来た道」 城際国際大学HPより
大多喜城にて上映されました。http://www.jiu.ac.jp/media/topics/2009/rodrigo.html
ロドリゴ一行は、村人や、領主である大多喜城主多忠朝からの暖かいもてなしを受けた。ロドリゴは大多喜城を訪れ、江戸で徳川秀忠、駿河で徳川家康に謁見し、歓待を受けて、翌年、アカプルコに帰還した。 この出来事は、その後江戸幕府の鎖国政策により、歴史に埋もれていったが、明治になって日本でも知られるようになり、日本とメキシコの交流の始まりとして、1928年に一行が漂着した海岸近くに「日西墨三国交通発祥記念之碑」が建立されるなど、現在に続くメキシコと日本の友情を育む礎になっている。 ドン・ロドリゴポスター(平野先生作成)
ポインセチア(クリスマスフラワー)は、この時期になるとよく見かけます。
こちらもメキシコ・中南米原産です。かわいらしい黄緑色の花が咲きますが、
あざやかなレッドの色彩の葉に目がいきがちで、中心部の花があまり目立
ちませんが、中心部のアクセントがなければ葉も光りません。
人間社会においても、華やかな表舞台に立つということは、その成功の裏
には血のにじむような働きがあり、しっかりと支えてくれる土台が存在します。
それがきちんとしていないのならば、砂上の楼閣のように脆くて崩れ落ちます。
「黒子となって、自分を支えてくれて応援してくれている人々のことを忘れては
ならない。慢心することなく、謙虚な心で進むことが最も大切なこと」
そのことを再度思い出させてくれる花でした。
これから、墨田区も国際交流の機会が増えてくると思います。色々な形で
現在も取り組んでいます。何よりも「おもてなしの心」が大切ですね!
私は今までも、色々と「国際交流」や「産学官民」関連について述べてまい
りました。
また、様々な角度から国際都市墨田区にとって何が必要なのかを、区政
報告やエッセイを通じて届けていきたいと思います。
追伸:アメリカからの便り 何回かご紹介しました私の高校時代からの親友のつるちゃんは、
アメリカのテネシー州に住んでいます。
高校時代から英語が大好きで好奇心旺盛で、一緒に夢を語り合った
つるちゃんは、現在ダンナ様のJeffと一人娘のSofiaちゃんと暮らして
います。子育てと会計事務所で頑張っているワーキングウーマンです。
私は彼女へクリスマスカードを書いている途中です。今年は書くの
が少し遅くなってしまったのでクリスマスに間に合うかな!?この時期
は混んでいるので・・・。つるちゃんにメールしたら、私宛にお手紙を書
いていてくれているとのことでしたので、とても楽しみです。
◎過去ブログ:本当に大切なもの〜つるちゃんからの手紙〜
◎過去ブログ:名花十友〜つるちゃんからの手紙2〜
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