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本日は、区民の方からのお便りをご紹介したいと思います。
みなさまからメールやお電話をいただきました。
ありがとうございました!
色々と多岐にわたり、区政に対する多くのご意見、ご要望をいた
だきました。特に、未曾有の被害をだした大地震から一週間を経
過し、そのこ とについてのご意見を数多くいただきました。
私がいただいたご意見やご要望等の要旨をまとめました。
・区として区民の生命を守るために備蓄していることを知らせ
ること。無駄な買いだめをやめさせるように防災無線や広報車
等で、区民への周知徹底をしていく努力することが必要である。
・非常事態の今こそ、区民一丸となって助け合い生きていくこと
を考えるときである。墨田区としても被災地に対して出来うる限
りの支援をしてもらいたい。そのための手伝いがいるならば喜ん
で協力したい。自分にできることがあれば言ってほしい。
・思いやりの心が日本人からなくなってしまったのか・・・。
長く生きてきたが、これほど悲しいと思ったことはないと、
沈んでいた・・・。
今日、心温まる光景を目にした。
スーパーで買いだめしている大人に向かって、ある少年が、
「買いだめしたらいけないよ。被災地に届かなくなるよ。
もう少し相手のことを考えて行動してよ!」
と言っていた。
子どもたちの方が大人より冷静に行動できている。
本当に素晴らしいと思った。
日本の将来に期待を持つことができた。
みなさん、想像してみてください・・・・・。
もし、自分の家族に、
もし、自分の身の上に、
同じことが起きたらどうでしょうか!?
私の友人たちからの情報は、耳を疑うかのような話ばかりです。
自然の脅威の前に、なすすべがない人間のことを思い知らされます。
仙台で被災した友人は、
「正直なところ、絶望を感じる瞬間もあった。
でも、そんなこと思っていられる余裕がなかった。
何とかして子どもに食べさせ、元気でいてほしいと
いう思いだけで今も生きている・・・。
電気がこんなに有難いものだとは思わなかった。
お風呂に入れるなんてすごいことだ!
津波で家を流され、避難所にいる年老いた両親を
迎えに行きたい。
高齢者には、この寒さは辛いだろう。
本当に心配でたまらない・・・。
しかし、自分も被災の身の上で行くことができない。
寒いから、おしくらまんじゅうの状態で人肌で暖まっ
ているとのことだった。
生存していたことがわかっただけで本当に良かった。
少しだけ他者との関係を見つめ直せた気がする。
電気が復活し、やっと親類や友人たちとも連絡することが
でき本当に嬉しい!
これほど、自分が人とのつながりを求めていたとは知らなかった。
少し落ち着いたからいえるけれど、新しい発見の日々でもある。
自分より苦しみ、辛い思いを味わっている方々のことを思うと
胸がつぶされそうな気分になる・・・・」。
と心情を吐露してくれました。
今も、過酷な環境の中で必死に耐えている被災地の方がたに私たちができることとは何か!?引き裂かれるかのような絶望感、自分だけ生き残った
ことに対する悔恨と慟哭・・・。
全部津波で流されてしまった。
でも命があったのだから良いとしなければ・・・。
これから先はどうなってしまうんだろう。不安で眠れない。
子供はうなされてよく眠れず、地震のショックのせいで
吐き続けている。
いまの私たちにできることは、被害が甚大であった東北地方に
対して、被災者の方たちへの支援を第一に考えることが大切です。
お互いに、協力し合う中で、自分にできることをはじめることが
大切です。
◎災害時の群集心理に踊らされず冷静に行動すること。
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皆様のご意見紹介
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皆様、昨年中は色々とありがとうございました。
昨年色々な艱難辛苦と出会いましたが、全て私の心の持
ち方ひとつで、かけがえのない思い出となり、私の人生の
指針となるべき素晴らしい出会いに恵まれた一年でした。
「あそうあきこの活動ブログ」更新も頑張っております。
まだまだ、お伝えしていきたいことは山ほどございます。
引き続き、皆様に区政報告を、私が研究してきたことを、
お届けしてまいります。
2011年は「新たなスタートライン」です。
私は「初心忘するべからず」の精神で、4年間にわたり様々な
経験を培ってきました。本当に有難いことです。
それらを糧として、今年は更なる「飛 翔」を目指し、着実に
歩み続け、墨田区の発展のために、区民の皆様の心が安らぐ
まちをつくっていくために、全力で取り組んでまいります。
本年もご指導の程なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
2011年:初エッセイ1月2日は「書初め」ですね!
子どものころ習っていた書道教室では、作品を日本武道館に
出したなぁと、ふと懐かしく思い出しました。
書道の先生は、笑顔がとてもステキで、美しく繊細な感性を
兼ね備えた素晴らしい方でした。
「あなたは見かけとは違って大胆な字ね〜」
とよく言われました(笑)
筆と墨は精神統一に最適ですね!
今年も私は、一筆一筆、一言一言を大切に心をこめて、
皆様へ向けて、ブログや街頭演説で、お届けしていきたい
と思います。
幸せが雪のように降り積もり、皆様お一人お一人の心にある
素晴らしい花が咲き誇り、実を結ぶ一年でありますように。
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携帯で写真を写すたびに、「刹那」という言葉が頭をよぎる。
ふと、顔をあげて青空を見上げてみた・・・、
言葉で表現できない光景が繰り広げられていた。
現代において「刹那」という言葉は、「刹那的に生きる」という言葉も
あるように、一瞬を楽しく過ごし今がよければ良いというような意味
にとられているが、もともとは、梵語(サンスクリット語)のクシャナの
音写であり、「ほんの少しの短い時間、一瞬」のことを指す。
1秒の75分の1に当たるといわれている。
仏教の時間論においては、私がカシャカシャとシャッターを押す
その一瞬に何かが生まれて何かがなくなっていく。
「あぁ、この繰り返しがいのちであり生きることなのかな」
日々の中で、色々な場面において、
「ハッ」と気づかされることは多々ある。
「忙しい」という言葉が口から出るたびに、
「あぁしまった、マズイまた言ってしまった」
と心底そう思いながら、自己嫌悪に陥って、
また立ち直っての繰り返し・・・。
めぐりあい(宇佐美百合子) 人と人がつながると
小さなしあわせが
大きな感動にかわる
めぐりあいの不思議
縁が縁をひきよせると
小さなねがいが
大きな夢にかわる
めぐりあいの恩恵
そういう経験を
つめばつむほど
“めぐりあえて
ほんとうによかった”
そういわれる自分にならなければ
とつくづく思う
◎出典:『こころの贅沢、みつけよう』宇佐美百合子(著)幻冬舎
疲れ果てた一日の終わりに、いつも宇佐美さんの言葉に励まされる。
そして、学生時代に仏教学、インド哲学の先生方から、
「聞法が大事だよ。良いも悪いも自分の心がつくりだしているんだよ」
と、教わったことがふいに思い出される・・・。
その時にはあまり気にならなかったことが、卒業してから約10年経過
しようとしている今になって、色々な場面で心にわきあがり、色々と考え
る機会を与えてくれる。
「あそうさんと会えて話ができて本当によかったよ。ありがとう」
出会えた人々からそういわれた時に、「こちらこそありがとう」
という喜びが自然と心にわきあがってくる。
そして、次なる課題へチャレンジしようという力につながっていく。
託された課題と向き合う時、私の目にはいらない速さで、何かが
生まれて何かが昇華されているのだろう。
真摯に耳を傾ける姿勢を大事にし、残された時間をどう生きるのか!?
これからも考え続けていきたいと思う。
あそう あきこ
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念ずれば 花ひらく 苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを わたしもいつのころからか となえるようになった そうしてそのたび わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった ◎出典『詩集 念ずれば花ひらく』坂村真民著(サンマーク出版) くじけそうになるとき、自己嫌悪に陥ったとき、 この言葉を思い出して勇気をもらっています。 今まで幾度も「もうダメだ・・・」と、 自分を追い込んで追い込んで、暗闇に落ちたかのような 気分になってとても辛かったときがあります。 この言葉を唱えるようになってから、 不思議と何とか踏ん張ることができています。 考え続けることをやめることはできませんが、 まずそっと歩みだしてみることが必要ですね。 活動を通じて、その思いは日増しに強くなっていきました。 目まぐるしく変化する日々の中で、出会いがあり別れがあります。 どれひとつとってみても、同じものはなくて無駄なものはない。 すべてが私に必要なものであり、私を成長させてくれるもの。 その一言で、私は自分が生きていてよかったんだな、 この場所に存在してもよかったんだなって実感します。 私の存在が、誰かの支えとなっているのならば・・・・・ 自分を信じて、目的を持って進み、その歩みを止めない。 暗い穴の中で冷たくなっている人たちに声をかけよう。 まわりが暗ければ自分ひとりでも光を灯して照らし続けていけばいい。 必ず暗い穴の世界から光り輝く世界に出ることができる。 たとえ途中でつまずいても必ず立ち上がれる。 人は回復する力を自分の身に宿しているのだから。 何かに突き動かされるように生きる日々の中、 心に浮んでくる思いの数々・・・。 あそう あきこ
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