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本日は下町風俗資料館視察の続きです。
第3弾「長屋の暮らし」について、そして下町の暮らしにかかせない「路地と井戸端」について述べます。
写真:「下町風俗資料館 図録」
庶民の暮らしを知る
「長屋」とは、「長いひと棟の家をいくつかに仕切って数世帯が住めるようにした住居のこと」です。
表通りに面して建てられている表店に対して、その裏手にある
ので、裏店・裏長屋と呼ばれました。
長屋には「割り長屋」、「棟割長屋」があります。
この長屋は棟と直角に切り割り数軒の家に分けた割り長屋です。
すぐ側には共同井戸があり、下町の暮らしにかかせないものでした。
長屋のおかみさんたちが雑談をかわしながら日々の仕事をした
その光景から生まれた言葉が「井戸端会議」。
写真の鋳物製の手押し式ポンプ井戸は明治末以降に普及したもの。
水の出口には先がL字型に曲がったブリキ管がはめられ、さらに
木綿の袋がつけられています。
これはゴミや鉄分を漉すための工夫だったそうです。
夏には渡し板の脇からスイカなどを吊るして冷やしていたそうです。
私が幼い頃、実家の庭にも写真のような井戸がありました。
井戸水で採れたての野菜や果物を冷やしていました。
現在は手押しポンプはなくなりましたが、井戸水は使用しています。
【洗濯だらいと洗濯板】
洗濯板には、洗濯物の汚れを落とすために使う波状の
刻みがつけられています。
洗濯は電気洗濯機が普及する前まで、手間と時間がかかる重労働でした。
井戸や路地を共有する長屋での暮らしは、親しい間柄になる一方、
隣人に迷惑をかけない気配りが大切でした。
ここから下町独特の人情や気質が育まれていったのです。
下町風俗資料館で再現されているのは、狭い路地に囲まれた裏店(うらだな)
の長屋に住む「駄菓子屋」を営む母娘、「銅壷屋(どうこや)」の職人一家です。
長屋−駄菓子屋−
【子どもたちの社交場】
昔の子どもたちは小銭を握りしめて、近所に必ず数軒あった 「駄菓子屋」
へ集まり、菓子を食べて玩具で遊んだりして時を過ごしたそうです。
昔の子供たちにとって、駄菓子屋は社交の場であり、
学校では学べない色々なことを学べる場でもありました。
私も子どもの頃、駄菓子屋はすぐ近所にあり、友人とよく買いに行きました。
とても寂しいことに、現在はその駄菓子屋はありません。
長屋−銅壷屋(どうこや)−
下町の暮らしに欠かせない《職人の暮らし》
「銅壷」とは、火鉢に置いて使う湯沸かし器のことです。
銅壷、やかん、鍋など、銅を材料とする器具を作ったり、修理し
たりするのが銅壷屋の仕事です。
銅製品だけでなく、鉄製の道具も扱い、修理を専門とする鋳掛屋
とは区別されます。
職人は一般に家で仕事をする「居職(いじょく)」と
外に出る「出職(でじょく)」に分けられます。
室内の一角に作業場がある写真の銅壷屋は、居職の職人です。
「長火鉢」・・・火鉢のうちとくに長方形の箱火鉢のこと。
端の板は、ここによく猫がのってあたたまっているので猫板といいます。
湯飲みを運ぶ時に使うそうです。
写真:「下町風俗資料館 図録」
「仕事着」
干してあるのは、木綿の腹掛(はらがけ)、股引(ももひき)、足袋(たび)です。
ちなみに、腹掛の前のポケットは「どんぶり」というそうです。
写真:「下町風俗資料館 図録」
職人の道具類
写真左上:菓子を作る時に使う型
写真右上:足袋製造の道具
写真 下:着物に家紋を刺繍する縫紋の道具
衣食住、美術品など多岐に渡り、江戸時代から現在に至るまで、
卓越した、職人の技が生かされています。
「すみだものづくり」
墨田区においても、江戸時代から脈々と受け継がれてきた伝統工芸が
あります。
職人たちの「伝統の技と作品」をより多くの人々に知ってもらうために、区の
産業や文化を広くPRするため昭和60年から 「3M(スリーエム)運動」(小さな博物館・工房ショップ・マイスターの紹介)を展開しています。
「3M(スリーエム)運動」
☆小さな博物館・・・・・区の産業や文化に関するコレクションを展示。
☆工房ショップ・・・・・製造現場と販売店舗が一体となったお店。
製作現場を公開しているほか、オーダーも可能。
☆マイスターの紹介・・・付加価値の高い製品を創る技術者」を認定。
マイスターとは、ドイツ語で「職人の親方」のこと。
「3M(スリーエム)運動」の詳細については、今度述べたいと思います。
◎参考文献
・「下町風俗資料館 図録」
・「商業活性化すみだプログラム」
・「すみだ産業振興事業ガイド」
あそう あきこ
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