母 校/恩 師
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今日はあたたかさが戻り、穏やかな日でした。 すっかり桜の花も散り、宴の後の静けさを感じました。 この段は、兼好法師の美意識について語られています。 兼好法師はこの段で、私たちに様々な問題提起をしてくれています。 大変長い段ですので、一部分をご紹介します。 簡単にご紹介するところを私流に意訳いたします。 本文に忠実の訳ばかりではありません。 《 》部分はわかりやすく私が兼好法師になりきって考えました。 楽しんで読んでいただけたら幸いです。 〔原 文〕『新訂 徒然草』岩波文庫より引用
花は盛りに、月は隈(くま)なきをのみ、見るものかは。 雨に対(むか)ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛(ゆくへ)知らぬも、 なほ、あはれに情(なさけ)深し。 咲きぬべきほどの梢(こずえ)、散り萎(しを)れたる庭などこそ、見所(みどころ)多けれ。 −中略− すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。 春は家を立ち去らでも、月の夜は閨(ねや)のうちながらも思へるこそ、 いとたのもしうをかしけれ。 〔意訳〕
★「桜の満開、月はかげりなく照り輝いている時だけを賞賛すべきかな!? きっと、それだけじゃないよ」 《桜は散り際も潔くて美しいと思うし、月は雲に隠れてぼんやりと見えるのもいいねぇ》 ★「降る雨に対して、今日は見えない月を心の中で慕って楽しむのもいいんじゃない!?」 《月が夜空にくっきりと見える時だけが風情じゃないよ》 ★「とうとう咲かなくて終わってしまった梢や桜の花が散って、しおれちゃった
庭にもたくさんの趣があるよ」
《どんな物事にも、発見はあるよ。ずっとそのまま同じということがない。やはり自然は不思議だし偉大だね》 ★「すべての月や花は直接目で見るものだろうか」 《いや、そうではない。直接見なくても楽しめるものだ》 ★「春は桜が咲き誇る季節だけれど、わざわざ外出して桜を見に行かなくても、 心の中に咲き誇る花の美しさを想像するのも趣がある。秋の月が出ている 時に、寝室で月の光の美しさを想像することもステキなことだと思わない!?」 学生時代に教職を学んでいた時に『徒然草』の全段を読みました。 自分なりに解釈することの楽しさを知り、古典のおもしろさと奥深さにハマりました。 教職の必修だった国語科教育法の授業でたくさんのことを学びました。 レポートも一発でOKをもらったことは、ほとんどありません。 先生の教授室に篭って、友達みんなでレポートのOKをもらうために、 必死になって毎日取り組んでいたことを、ふと思い出しました。 研究に没頭し、布団で寝ることすら忘れて、コタツでよくうたた寝をしてしまい そのまま朝の光を浴びて飛び起きる日々でした。 国語科教育法の授業から、 つらかったと思える日々も、今となればとてもいい思い出です。 今の私の毎日の活動も、もう少し時間が経てば過去です。 今こうやってパソコンに向かっているこの瞬間は未来につながっているのです。 今しかありません。 だからこそ、一日一日を生きることが大切なんですよね。 きっと、数年後から現在(2007年)を振り返ると、様々な発見や有難いと 思えることばかりなんだろうな。 本日はしみじみと、自分の足跡を振り返ってみました。 |


